本田圭佑選手の基本プロフィールは次のとおりです。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 本田圭佑(ほんだ・けいすけ) |
| 生年月日 | 1986年6月13日 |
| 2026年の年齢 | 40歳 |
| 出身地 | 大阪府摂津市 |
| 身長 | 182cm |
| 体重 | 79kg(公式サイト掲載値) |
| 血液型 | AB型 |
| 利き足 | 左足 |
| ポジション | MF・FW |
| 主な代表歴 | サッカー日本代表 |
| 2026年の所属先 | FCジュロン |
出典は本田圭佑の公式プロフィールです。エイベックス・ポータルにも生年月日や出身地などのプロフィールが掲載されています。
誕生日は毎年6月13日
本田圭佑の誕生日は、毎年6月13日です。
1986年6月13日に生まれたため、2026年6月13日に40歳の誕生日を迎えました。
出身地は大阪府摂津市。幼少期からサッカーに親しみ、摂津FC、ガンバ大阪ジュニアユースを経て、石川県の星稜高校へ進学しました。
大阪で育った少年が、やがて欧州の名門ACミランで背番号10を背負い、日本代表の中心選手になるまでの道のりは、非常に印象的です。
本田圭佑の出身地・大阪府摂津市との関係
本田圭佑の出身地として公表されているのは大阪府摂津市です。
サッカーの原点となったのは、地元の摂津FCでの活動でした。その後、ガンバ大阪ジュニアユースに進み、さらに高校時代には石川県の星稜高校で競技力を磨いています。
つまり、本田のサッカー経歴は大阪での少年時代から始まり、高校進学を機に石川県へ、そしてプロ入り後は海外へと広がっていきました。
【2026年の年齢】本田圭佑は40歳!満年齢と数え年の違い

本田圭佑が40歳になったのは、2026年6月13日です。
年齢を調べる際に注意したいのが、満年齢と数え年の違いです。
2026年11月現在は満40歳
日本で一般的に使われている年齢は満年齢です。
満年齢では、生まれた日を0歳とし、毎年の誕生日を迎えるたびに1歳ずつ加算します。
本田圭佑の場合は次のようになります。
| 年月日 | 年齢 |
|---|---|
| 1986年6月13日 | 0歳(出生) |
| 2024年6月13日 | 38歳 |
| 2025年6月13日 | 39歳 |
| 2026年6月13日 | 40歳 |
| 2026年11月6日 | 40歳 |
| 2027年6月13日 | 41歳 |
2026年11月6日時点では、誕生日をすでに迎えているため40歳です。
数え年では41歳になる
一方、数え年は生まれた年を1歳として、元日を迎えるごとに年齢を加算する考え方です。
そのため、2026年の本田圭佑は数え年では41歳になります。
ただし、現在の日本の一般的なプロフィールやスポーツ報道では満年齢が使用されています。
したがって、検索キーワードとしても「本田圭佑 40歳」が正しい表現です。
【2026年最新】本田圭佑は現在FCジュロン所属!40歳で現役復帰
2026年の本田圭佑を語るうえで外せないニュースが、シンガポールのFCジュロンへの加入です。
2026年4月10日、クラブは本田との2026/27シーズンの選手契約締結を発表しました。
加入先のFCジュロンは、旧アルビレックス新潟シンガポールです。2026/27シーズンからクラブ名を変更し、シンガポール・プレミアリーグに新しい名称で参戦しています。
約2年ぶりの公式戦復帰が実現
本田は2024年10月20日、ブータンのパロFCで行われたリーグ最終戦に出場していました。
この試合では2ゴールを記録。トップリーグ10カ国目での得点という節目も達成しています。
その後、クラブ公式戦から離れていましたが、2026年4月のFCジュロン加入発表によって再び現役選手としての挑戦を始めました。
2026年9月18日にシンガポールで公式戦デビュー
注目されたのは、2026年9月18日のホーガン・ユナイテッド戦です。
この試合はシンガポール・プレミアリーグ第2節で、FCジュロンが3対0で勝利しました。
本田は後半82分に途中出場。40歳になってから初めての公式戦出場を果たしました。
シンガポールの英字紙「The Straits Times」も、この試合をFCジュロンでのデビュー戦として報じています。
10月30日にも途中出場!最新のプレー状況
現役復帰後、本田は徐々に試合出場を重ねています。
2026年10月30日のタンジョン・パガー戦では後半79分から途中出場しました。
この試合は1対1の引き分け。日本のスポーツ報道では、本田はこれで5試合連続の途中出場となったと伝えられています。
現時点で注目したいのは、40歳で現役復帰したという話題性だけではありません。
本田は新天地で、出場時間を積み重ねながらチームの競争力向上に関わっています。
FCジュロンで目指すのはリーグ優勝
本田がFCジュロン加入に際して掲げた目標は、リーグ優勝です。
クラブを通じて、リーグ優勝を最大の目標に挙げ、難しい挑戦であることも認めながら意欲を示しました。
また、複数の国のトップリーグで得点するという個人的な記録への挑戦も続いています。
40歳という年齢で新しい国のリーグに挑戦する背景には、単に現役生活を続けたいというだけでなく、競技者として新しい目標を設定する姿勢が見えてきます。
【サッカー経歴・年表】本田圭佑の歩みと世界での実績
本田圭佑のキャリアは、日本国内だけにとどまりません。
オランダ、ロシア、イタリア、メキシコ、オーストラリア、ブラジルなど、複数の国のリーグでプレーしてきました。
公式サイトに掲載されたクラブ経歴と各クラブの発表を整理すると、次のようになります。
本田圭佑の主なサッカー経歴
| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績・特徴 |
|---|---|---|
| 1994~1998年 | 摂津FC | サッカーの原点 |
| 1999~2004年 | ガンバ大阪ジュニアユース・星稜高校 | 育成年代で経験を積む |
| 2005~2007年 | 名古屋グランパス | Jリーグでプロとして活躍 |
| 2008~2010年 | VVVフェンロ | オランダ2部優勝・MVP |
| 2010~2013年 | CSKAモスクワ | ロシア国内タイトルを獲得 |
| 2014~2017年 | ACミラン | 背番号10を着用 |
| 2017~2018年 | CFパチューカ | メキシコでプレー |
| 2018~2019年 | メルボルン・ビクトリー | オーストラリアでプレー |
| 2019~2020年 | SBVフィテッセ | オランダに復帰 |
| 2020年 | ボタフォゴ | ブラジルでプレー |
| 2021年 | ネフチ・バクー、スードゥヴァ | アゼルバイジャン、リトアニアでプレー |
| 2024年 | パロFC | ブータンで公式戦出場、2得点 |
| 2026年~ | FCジュロン | シンガポールで現役復帰 |
ACミランで背番号10を背負った意味
本田のキャリアで大きな転換点となったのが、2014年1月のACミラン加入です。
世界的な名門クラブであるミランで背番号10を着用したことは、日本のサッカーファンにとっても強く印象に残る出来事でした。
公式サイトのクラブ別記録では、ミランでリーグ戦81試合に出場し、9得点を記録しています。
また、2016年にはイタリアスーパーカップ優勝も経験しました。
海外11カ国目の挑戦へ
本田がFCジュロンに加入したことで、シンガポールはプロ選手としてプレーする11カ国目となりました。
日本から海外へ移籍した選手は数多くいますが、これほど多様な国のリーグでプレーを続けてきた経歴は特徴的です。
重要なのは、単に所属クラブの数が多いということではありません。
それぞれ異なるサッカー文化や競技環境に身を置き、新しい役割を獲得してきた点にあります。
40歳でのシンガポール挑戦も、そうしたキャリアの延長線上にあるものです。
【日本代表・ワールドカップ】本田圭佑が残した記録と功績
本田圭佑を語る際、欠かせないのが日本代表での実績です。
2008年に日本代表デビューを果たし、2010年、2014年、2018年のFIFAワールドカップに3大会連続で出場しました。
本田圭佑の公式サッカー経歴では、国際Aマッチ98試合出場、37得点が記録されています。
ワールドカップ3大会連続でゴールを記録
本田のワールドカップでの実績は、次のとおりです。
- 2010年南アフリカ大会: カメルーン戦で得点。デンマーク戦でもゴールを決め、2得点。
- 2014年ブラジル大会: コートジボワール戦で日本の先制ゴールを記録。
- 2018年ロシア大会: セネガル戦で同点ゴールを決めた。
3大会すべてでゴールを決め、合計4得点を記録しています。
FIFAの公式記録でも、本田は日本代表のワールドカップ歴代最多得点者として紹介されています。
アジアカップ2011では大会MVPを獲得
ワールドカップだけでなく、2011年のAFCアジアカップでも大きな功績を残しました。
本田は日本代表の優勝に貢献し、大会MVPを受賞しています。
当時の日本代表において、本田は攻撃の中心として存在感を発揮していました。
2018年に日本代表から引退
本田は2018年のロシアワールドカップを最後に、日本代表としての活動に区切りをつけました。
したがって、2026年現在は現役のクラブ選手でありながら、日本代表としては元代表という立場です。
ここは混同しやすいポイントです。
FCジュロンで現役復帰したことは、日本代表への復帰を意味するものではありません。クラブでの選手活動と代表活動は別のものとして考える必要があります。
【本田圭佑の誕生日に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:本田圭佑の誕生日はいつですか?
A1:1986年6月13日です。毎年6月13日が誕生日で、2026年6月13日に40歳になりました。
Q2:本田圭佑は2026年現在何歳ですか?
A2:2026年11月6日現在、満40歳です。数え年で計算すると41歳になります。
Q3:本田圭佑の出身地はどこですか?
A3:大阪府摂津市です。幼少期は摂津FCでサッカーを始め、その後ガンバ大阪ジュニアユース、星稜高校へ進みました。
Q4:本田圭佑は現在どこのチームに所属していますか?
A4:2026年はシンガポール・プレミアリーグのFCジュロンに所属しています。2026年4月に加入が発表され、9月18日に公式戦デビューしました。
Q5:本田圭佑は40歳でも現役選手ですか?
A5:はい。2026年11月現在、FCジュロンの選手として活動しています。10月30日の試合でも途中出場が確認されています。
Q6:本田圭佑はワールドカップに何回出場しましたか?
A6:2010年、2014年、2018年の3大会に出場しました。3大会連続で得点し、ワールドカップ通算4ゴールを記録しています。
まとめ:本田圭佑は40歳で新たな挑戦を続けるサッカー選手
本田圭佑の誕生日は1986年6月13日です。2026年6月13日に40歳を迎え、同年11月現在もFCジュロンの選手として現役生活を続けています。
今回のポイントを振り返ります。
- 生年月日は1986年6月13日。
- 2026年11月現在の年齢は満40歳。
- 出身地は大阪府摂津市。
- ACミランで背番号10を着用した経験を持つ。
- 日本代表としてワールドカップ3大会に出場し、通算4得点。
- 2026年4月にFCジュロン加入が発表された。
- 2026年9月18日にシンガポールで公式戦復帰を果たした。
本田圭佑の40歳という節目は、単なる年齢の話題にとどまりません。
日本代表として世界の舞台を経験し、欧州の名門クラブでプレーし、複数の国のリーグを渡り歩いた選手が、再び新しい環境でリーグ優勝を目指していることに大きな意味があります。
特に2026/27シーズンのFCジュロンで、今後どのような出場機会を得て、どのような結果を残すのかは注目点です。
6月13日の誕生日を迎えるたびに年齢は重ねても、挑戦する舞台を変え続ける。その姿こそ、本田圭佑のキャリアを象徴しています。