なにわ男子の道枝駿佑さんは、幼い頃からアイドルを目指していたのでしょうか。それとも、普通の小学生として過ごすなかで、少しずつ芸能界への憧れを育てていったのでしょうか。
道枝駿佑さんは2002年7月25日生まれ、大阪府出身。母親がSMAPの大ファンだったことから、幼少期には父親に抱っこされてSMAPのライブへ足を運んでいました。小学生時代は夏休みにセミ捕りを楽しみ、習い事では合気道を経験。12歳のときには、山田涼介さん主演のドラマ『金田一少年の事件簿』をきっかけに芸能界を目指し、履歴書を4回送っています。
さらに2026年3月18日放送の『徹子の部屋』では母親や父親、6歳上と2歳上の姉2人との思い出を告白。同年10月23日放送の『A-Studio+』では、姉たちが明かす意外な素顔や、母親が提供したジュニア時代の写真も紹介されました。幼少期から現在までのエピソードをたどると、スターとしての華やかな姿とは異なる、家族思いで親しみやすい少年時代が見えてきます。
【原点】道枝駿佑の幼少期はどんな子?母親の影響でSMAPライブへ

道枝駿佑さんの幼少期を語るうえで欠かせないのが、母親とSMAPの存在です。
母親はSMAPの大ファンで、道枝さんがお腹にいる頃からコンサートに足を運んでいたとされています。生まれてからも、幼い道枝さんを父親が抱っこしてライブへ連れて行っていたそうです。
2026年3月18日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』では、このエピソードについて本人が振り返りました。
「全然覚えていなかったのですが、抱っこして連れて行ってくれていたみたい」
本人の記憶には残っていないほど幼い時期から、音楽やステージに触れる環境が家庭の中にあったことが分かります。母親の好きなグループを家族で応援し、父親が幼い息子を抱いて会場へ連れて行く。道枝さんの芸能界への憧れは、こうした家庭での経験とも深く結びついています。
その後、道枝さんはSMAPの楽曲を聴くようになり、事務所の先輩たちにも自然と憧れを抱くようになりました。
ただし、幼少期から具体的にアイドルになると決めていたわけではありません。ライブで輝く姿に触れ、音楽を楽しみ、成長するにつれて自分もあの世界に立ってみたいと思うようになったという流れです。
2026年10月には、母親との関係を感じさせる別のエピソードも紹介されました。TBSの番組に出演した道枝さんは、2020年のドラマ『BG~身辺警護人~』で木村拓哉さんと共演した際、母親と一緒に考えたアイスの差し入れについて語っています。
木村さんから差し入れを考えた人について尋ねられ、母親と一緒に決めたと伝えると、木村さんは母親にも電話するよう提案。その電話に母親は感激して涙を流したそうです。SMAPを愛していた母親にとって、木村さんとの交流は特別な出来事だったのでしょう。
このエピソードからも、母親の好きだった世界が、息子の仕事を通じて親子の思い出へとつながっていることがうかがえます。
【小学生時代】12歳の道枝駿佑はセミ捕り少年!合気道は嫌々だった?
端正な顔立ちと落ち着いた雰囲気から、幼い頃から大人びた少年だったような印象を持つ人もいる可能性があります。しかし、本人が語った12歳の頃の姿は、意外にもごく普通の男の子でした。
2022年5月2日、道枝さんは少女漫画誌『ちゃお』6月号の企画「僕が12歳だったころ。」に登場。小学生時代の思い出や当時の夢について語っています。
「ごくごく普通の男の子だった!(笑)夏休みになると、よくセミとりをしていたよ。」
夏休みにはセミ捕りを楽しんでいたという道枝さん。現在の華やかなアイドルとしての姿からは想像しにくい、少年らしい夏の過ごし方です。
合気道を習っていた小学生時代
もう一つ注目したいのが、合気道の経験です。
道枝さんは小学生時代に習い事として合気道に通っていました。ただし、本人によれば、当時は積極的に楽しんでいたわけではなく、嫌々通っていた時期もあったそうです。
「習い事は合気道をしていて、今だから言えるけどイヤイヤ通っていたんだよね…。でも今ふり返ると続けることの大切さも学べたし、精神もきたえられたよ!」
この発言から分かるのは、合気道が単なる習い事の一つにとどまらず、本人にとって継続することの意味を振り返る経験になっている点です。
合気道の具体的な級や段、何年間続けたのかといった詳細は公表されていません。しかし、本人が精神面の成長につながったと振り返っていることは、小学生時代を知るうえで興味深いポイントです。
12歳で見ていたドラマが人生の転機に
小学生時代の道枝さんには、もう一つ大きな転機がありました。それが、Hey! Say! JUMPの山田涼介さんが主演した『金田一少年の事件簿』です。
山田さんの演技を見て、自分も同じような役を演じてみたいと思うようになり、芸能界への憧れが具体的な目標に変わっていきました。
当時の道枝さんは12歳。小学6年生という、将来について考え始める時期でした。SMAPへの憧れに加え、ドラマを通じて俳優という仕事にも関心を持ったことが、応募への行動につながります。
2022年の『ちゃお』のインタビューでも、12歳のときにオーディションを受けたことや、山田さんの演じる役に憧れたことを本人が語っています。
幼少期の何気ないテレビ視聴が、後に俳優として『金田一少年の事件簿』の主演を務めるという夢の実現にもつながっていったのです。
【家族構成】道枝駿佑の姉は2人!母親・父親とのエピソードも紹介
道枝駿佑さんの家庭について、2026年のテレビ出演では、これまで以上に具体的なエピソードが明らかになりました。
本人が番組で語った家族構成は、父親、母親、6歳上の姉、2歳上の姉、道枝さんという5人家族です。実家には愛犬も2匹いることが紹介されています。
姉2人との関係は?幼少期はメイクの実験台だった
2026年3月18日放送の『徹子の部屋』で、道枝さんは2人の姉との子ども時代について語りました。
黒柳徹子さんから姉に甘やかされて育ったのかと尋ねられると、本人は「真逆です」と回答。かわいがられるというより、かなり自由に扱われていたことを明かしています。
特に印象的なのが、一番上の姉とのメイクのエピソードです。
幼い頃、姉からメイクをしてあげると言われ、つけまつげを付けられたり、メイクの実験台にされたりしていたそうです。本人は当時、嫌がっていたと振り返っています。
また、お茶を入れてほしい、物を取ってきてほしいなど、姉たちから頼まれることも多かったとのこと。弟として使い走りにされていたという話を、本人は笑いながら紹介していました。
一方、現在は姉たちと非常に仲が良く、連絡も取り合っているそうです。
2026年10月の『A-Studio+』で姉たちが明かした素顔
2026年10月23日放送のTBS系『A-Studio+』では、笑福亭鶴瓶さんと藤ヶ谷太輔さんが道枝さんの姉2人に取材しました。
姉たちが番組に登場したことを知った道枝さんは、思わず動揺。家族だからこそ知っているエピソードが次々と紹介されました。
番組で取り上げられたのは、次のような話題です。
- 家の鍵をめぐるエピソード
- コンタクトレンズにまつわるエピソード
- ブレスレットにまつわるエピソード
- 海外用ドライヤーにまつわるエピソード
- 姉に「おーい」と呼びかけることが多いという話
これらは、家族に何でも相談する道枝さんの一面を伝える内容でした。
加えて、10月24日に報じられた番組内容によると、道枝さんは姉2人との関係について「仲いいですね」と話しています。約2年前には3人で韓国旅行に行き、家族でクリスマスパーティーも開くとのことです。
一番上の姉とは2人でドライブに行くこともある一方、もう一人の姉からは運転が怖いという理由で同乗を断られることもあるそうです。こうしたやり取りからも、気兼ねなく接する家族関係が伝わります。
母親はSMAPファン!芸能界入りを支えた存在
母親はSMAPの大ファンで、道枝さんの芸能界への憧れに大きな影響を与えた人物です。
履歴書の応募にも関わっており、後年の本人の説明では、母親自身も応募書類を書いて送っていたことが明かされています。
2026年10月20日放送のTBS系番組では、母親と一緒に木村拓哉さんへの差し入れを考えたエピソードも披露。木村さんから母親へ電話がつながった際に、母親が涙を流して喜んだという話は、親子のつながりを感じさせる出来事です。
父親は活動を見守り、仕事の相談にも乗る存在
父親についても、道枝さんは感謝の気持ちをたびたび語っています。
幼少期には父親に抱っこされてSMAPのライブに行き、芸能界に入ってからも活動を見守ってくれているそうです。
2026年3月の『徹子の部屋』では、父親が自身の活動をすべて見て応援してくれていることを紹介。さらに同年10月の『A-Studio+』関連の報道では、父親からファンが喜ぶためのアドバイスをもらうことも明かされています。
幼少期にライブへ連れて行ってくれた父親が、現在は仕事の相談相手にもなっているという関係性は、道枝さんの芸能活動を支える大切な要素です。
【年表】道枝駿佑の幼少期から芸能界入り、2026年までの転機
ここまで紹介したエピソードを、時系列で整理します。幼少期の家庭環境から芸能界入り、そして現在に至るまでの流れを確認しておきましょう。
| 時期 | 出来事・エピソード | ポイント |
|---|---|---|
| 幼少期 | 母親の影響でSMAPのライブへ | 父親に抱っこされて会場に通う |
| 小学生時代 | 夏休みのセミ捕り | 普通の男の子として過ごす |
| 小学生時代 | 合気道を習う | 継続することや精神面の成長を経験 |
| 12歳・小学6年生 | 『金田一少年の事件簿』に憧れる | 山田涼介さんが芸能界を目指すきっかけの一つ |
| 12歳頃 | 履歴書を計4回送る | 4回目でオーディションに呼ばれる |
| 事務所入所後 | ダンス未経験から活動を開始 | がむしゃらに努力を重ねる |
| 2021年 | なにわ男子としてデビュー | 入所から約7年を経てグループデビュー |
| 2026年3月18日 | 『徹子の部屋』に出演 | SMAPライブや姉2人との思い出を告白 |
| 2026年10月23日 | 『A-Studio+』に出演 | 姉たちへの取材や母親提供の写真が話題に |
この年表で注目したいのは、幼少期の憧れが12歳の応募行動へとつながり、その後も努力を積み重ねてデビューに至ったことです。
STARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールによると、道枝さんは2002年7月25日生まれ、大阪府出身。2021年になにわ男子としてデビューし、グループ活動と俳優業の両方で活躍しています。
履歴書を4回送った理由と応募の経緯
道枝さんの芸能界入りで特に有名なのが、履歴書を4回送ったというエピソードです。
2026年3月18日の『徹子の部屋』では、憧れを抱いて履歴書を送り、4回目でようやくオーディションに呼ばれたと説明しました。
また、2026年10月20日放送のTBS系番組では、母親が2回、自分が2回ほど送ったと思うと振り返っています。ただし、本人も「もしかしたらですけど」と話しており、応募の内訳については記憶に基づく説明です。
過去のインタビューでは自分で履歴書を書いたことにも触れており、応募を重ねて挑戦したという大きな流れは一貫しています。
4回目でオーディションに進めたという経験は、華やかな芸能界入りの裏側に、何度も挑戦する時間があったことを示しています。
【幼少期写真】道枝駿佑の子供時代の画像は?2026年に初公開された写真にも注目
道枝駿佑さんの幼少期写真を探している人にとって、2026年のテレビ出演は見逃せない出来事でした。
2026年『A-Studio+』で母親提供のジュニア時代写真を公開
2026年10月23日放送の『A-Studio+』では、母親が提供したジュニア時代の貴重な写真が初公開されました。
番組では姉2人への取材に加え、家族が知る道枝さんの素顔や、芸能活動を始めた頃の姿も紹介。現在の洗練されたビジュアルとは異なる、成長過程を感じられる資料として注目されました。
また、実家の愛犬と遊んでいた際にはしゃぎすぎて鼻の骨を骨折したときの写真も公開されたと報じられています。
こうした写真は、完成されたアイドルとしての姿だけでは分からない、家族と過ごす日常や少年時代の雰囲気を伝えるものです。
『ちゃお』掲載の12歳当時の写真も注目
2022年5月発売の『ちゃお』6月号では、12歳の頃をテーマにしたグラビア企画に登場しました。
小学生時代の思い出や当時の夢について語る企画で、春の花に囲まれた写真や笑顔のカットも掲載されています。
当時のインタビューでは、セミ捕りや合気道の話とともに、芸能界入りのきっかけについても説明。写真と本人の言葉を一緒に確認できるため、12歳当時の雰囲気を知るうえで参考になる資料です。
幼少期写真を見るときに知っておきたいこと
ネット上では「道枝駿佑の幼少期写真」としてさまざまな画像が紹介されることがありますが、幼少期の写真、ジュニア時代の写真、雑誌の撮影写真は、それぞれ異なるものです。
特に2026年に紹介された写真は、母親提供のジュニア時代の写真や、愛犬と遊んでいて鼻を骨折した際の写真です。すべてが乳幼児期の写真というわけではありません。
写真の時期や掲載媒体を確認すると、実際の子供時代と芸能活動を始めてからの姿を混同せずに楽しめます。
【プロの結論】道枝駿佑の幼少期から見えるスターとしての原点
道枝駿佑さんの幼少期を振り返ると、芸能界入りの背景には大きく3つの要素があったことが分かります。
1. 家族を通じて自然に触れたエンターテインメント
母親がSMAPのファンだったこと、父親に抱っこされてライブへ行っていたことは、道枝さんにとって音楽やアイドルを身近に感じるきっかけになりました。
幼い頃の本人には記憶が残っていなくても、家庭の中で音楽や芸能界への関心に触れる機会があったことは、後の憧れにつながる背景として興味深いものです。
2. 憧れを具体的な目標に変えた行動力
SMAPへの憧れだけでなく、山田涼介さん主演の『金田一少年の事件簿』を見て、自分も演じたいと思ったことが大きな転機になりました。
憧れを抱くだけで終わらず、履歴書を4回送ったことは、当時の道枝さんの行動力を示しています。
最初からすべてが順調だったわけではありません。オーディションに進むまで複数回の応募を経験し、事務所に入った後もダンス未経験という課題に直面しました。
3. 家族の支えと本人の継続する力
合気道では嫌々ながらも続ける経験をし、芸能活動では未経験のダンスに向き合いました。本人は『徹子の部屋』で、入所当初はひたすらがむしゃらに取り組んでいたと振り返っています。
また、父親は活動を見守り、母親は応募の段階から関わり、姉たちは今も気兼ねなく付き合える存在です。
こうした家族との関係は、芸能活動を続けるうえでの精神的な支えになっていると考えられます。
道枝さんの魅力を理解するうえで重要なのは、幼少期から完成されたスターだったと考えることではありません。普通の少年として遊び、習い事に通い、憧れた世界に挑戦し、未経験のことを一つずつ身につけてきたという成長の過程です。
SMAPのライブ、山田涼介さんへの憧れ、合気道、4回の履歴書、そして家族の応援。それぞれのエピソードをつなぐと、現在の道枝駿佑さんにつながる一貫した歩みが見えてきます。
道枝駿佑の幼少期に関するよくある質問(FAQ)
Q1:道枝駿佑は子供の頃、どんな性格でしたか?
A1:本人は12歳の頃を「ごくごく普通の男の子だった」と振り返っています。夏休みにはセミ捕りを楽しみ、合気道にも通っていました。
Q2:道枝駿佑はなぜSMAPのライブに行っていたのですか?
A2:母親がSMAPの大ファンだったためです。幼い頃から父親に抱っこされてライブへ連れて行ってもらっていたと、2026年3月18日放送の『徹子の部屋』で本人が語っています。
Q3:道枝駿佑の姉は何人いますか?
A3:姉は2人です。2026年の『徹子の部屋』では、6歳上と2歳上の姉がいると明かしました。現在も連絡を取り合い、旅行やドライブを楽しむ仲です。
Q4:道枝駿佑は合気道を習っていたのですか?
A4:はい。小学生時代に習っていました。当時は嫌々通っていたこともあったそうですが、後に継続することの大切さや精神面の成長につながったと振り返っています。
Q5:道枝駿佑は履歴書を何回送りましたか?
A5:本人の2026年3月の説明では計4回です。4回目でオーディションに呼ばれました。2026年10月には、自分が2回、母親が2回ほど送ったと思うと説明しています。
Q6:道枝駿佑の幼少期写真はどの番組で公開されましたか?
A6:2026年10月23日放送のTBS系『A-Studio+』で、母親提供のジュニア時代の写真が初公開されました。愛犬と遊んでいて鼻を骨折した際の写真も紹介されています。
まとめ:道枝駿佑の幼少期は家族の愛情と挑戦に満ちていた
道枝駿佑さんの幼少期は、母親のSMAPへの愛情、父親に抱っこされて通ったライブ、姉2人とのにぎやかな家庭生活など、家族との思い出に彩られています。
小学生時代にはセミ捕りを楽しみ、合気道に通い、12歳で山田涼介さんの『金田一少年の事件簿』に憧れて芸能界を目指しました。履歴書を4回送り、未経験だったダンスにも懸命に取り組んだ経験が、現在の活動につながっています。
2026年3月の『徹子の部屋』では芸能界入りの原点と家族の思い出が語られ、10月の『A-Studio+』では姉たちの証言や母親提供の貴重な写真が紹介されました。さらに母親と木村拓哉さんをつないだエピソードからも、家族への感謝が感じられます。
華やかなステージで輝く道枝駿佑さん。その原点にあるのは、特別な環境だけではなく、家族と過ごした日常、憧れを追い続けた努力、そして何度でも挑戦する姿勢でした。今後も俳優として、アイドルとして成長していく道枝さんの活躍に注目が集まります。