「加山雄三の船は現在もあるのか」「新しい光進丸は建造されたのか」という疑問に対する答えは、次のとおりだ。
2018年に焼失した三代目光進丸は、すでに解体処分されており、船として現存していない。2026年11月現在、後継となる新しい光進丸が進水したという公式発表も確認できない。
火災後に加山雄三が語った新しい船の構想
2018年6月、加山は光進丸の焼失後、初めて公の場で船への思いを語った。
Billboard JAPANが報じたインタビューでは、光進丸を失った気持ちについて、次のように表現している。
相棒を亡くした気持ちではあるけれど。でも歌は残るし、心にも残る。
加えて、新しい船の建造について質問されると、計画はいったん止まっているものの、意欲は残っていると説明した。
ただし、次に造るのであれば、以前のような個人的な趣味の船ではなく、人の役に立つ災害救助船にしたいという構想を明かしている。
これは、長年船とともに生きてきた加山の考え方に変化が生まれたことを示す発言だった。
光進丸を失った後も続く海への取り組み
加山の海への思いは、船の焼失によって終わったわけではない。
2019年3月には、日本セーリング連盟とともに「海 その愛基金 海洋環境クリーンプロジェクト」の開始を発表した。
この活動では、マイクロプラスチックによる海洋汚染への理解を広げることを目指し、次のような取り組みを進めている。
- 子どもや若い世代に海洋環境の現状を伝える。
- 日本各地の海でマイクロプラスチックの状況を調査する。
- 海岸などのごみ調査や清掃活動を行う。
2022年の「加山雄三ラストショー」でも、公演売上の一部を基金に寄付することが公式発表された。
つまり、光進丸という船そのものは失われても、海を大切にする活動は別の形で続いている。
2026年現在の光進丸について分かっていること
現状を整理すると、次のようになる。
- 初代光進丸:1964年進水。現存を確認できる公的情報はない。
- 二代目にあたる船:1969年進水。現在の所在は確認できない。
- 三代目光進丸:2018年火災で全損し、その後解体処分。
- 新しい光進丸:建造構想は語られたが、後継船の進水を裏付ける公式発表は確認できない。
したがって、2026年現在の「加山雄三の船」を調べる場合、現存する光進丸を探すのではなく、歴代の船の記録や海洋環境活動に注目するのが実態に即している。
【プロの結論】光進丸の歴史から分かる3つの要点

光進丸をめぐる出来事には、船の歴史、加山雄三の人生、船舶火災の調査という3つの異なる側面がある。
1. 光進丸は加山雄三自身の設計思想を反映した船だった
初代の建造から三代目まで、光進丸は加山の海への情熱を象徴する存在だった。
船内に生活設備を整え、長期航海を実現し、音楽活動にもその名前を残した。単なる所有物という説明では、その意味を十分に伝えられない。
2. 火災の原因は電気系統と断定できない
2018年の火災について、最も信頼できる根拠は運輸安全委員会の事故調査報告書だ。
居住区からの出火が推定され、電気機器の電路などから発火した可能性も示された。しかし、具体的な発火箇所は特定されていない。
「電気系統のショートが原因だった」と断定する記事には注意が必要だ。
3. 船の焼失後も海への思いは形を変えて続いた
加山は船を失った後、人の役に立つ災害救助船の構想を語り、さらに海洋環境保全の活動にも関わった。
船を所有することだけが海への愛情の表現ではない。光進丸の歴史を振り返ると、加山にとって海は人生を通じて向き合ってきた大切な存在だったことが分かる。
【加山雄三の船・光進丸】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:加山雄三の光進丸は現在も存在していますか?
A1:いいえ。三代目光進丸は2018年4月の火災で全損し、引き揚げ後に解体処分されました。2026年現在、当時の船体が現存していることを示す公的情報はありません。
Q2:光進丸は全部で何代まであったのですか?
A2:一般的な報道では、1964年の初代、1969年の二代目、1982年の三代目という3隻の歴史で紹介されています。ただし、加山の公式ヒストリーでは1969年の船を「光進丸6世」、1982年の船を「光進丸7世」と表記しています。
Q3:光進丸の火災原因は電気系統のショートだったのですか?
A3:確定していません。運輸安全委員会は居住区からの出火を推定し、電気機器の電路などから発火した可能性を示しましたが、具体的な原因は特定できませんでした。警察は事件性がないと判断しています。
Q4:三代目光進丸の大きさはどのくらいでしたか?
A4:総トン数104トン、船体の長さに関する公的記録は25.59メートル(Lr)、幅6.58メートル、深さ3.23メートルです。FRP製で、ディーゼルエンジンを2基搭載していました。
Q5:加山雄三は新しい船を建造したのでしょうか?
A5:2018年6月には、新しい船の構想は残っているものの計画は止まっていると本人が語っています。建造するなら災害救助船にしたいという希望も明かしましたが、その後、後継の光進丸が完成・進水したという公式発表は確認できません。
まとめ:光進丸は消えても加山雄三の海への情熱は残っている
加山雄三の船「光進丸」は、1964年の初代から1969年の二代目、1982年の三代目へと歴史を重ねた。
最後の三代目は104トンの大型プレジャーボートで、約36年間にわたり加山の海上生活を支えた。しかし、2018年4月1日の火災によって大きな損傷を受け、最終的には解体処分となった。
火災の原因については、運輸安全委員会の調査で居住区からの出火が推定され、電気設備に関係する可能性も指摘されたものの、具体的な発火原因は最後まで特定されていない。
2026年現在、光進丸そのものは現存せず、新しい船の完成も公表されていない。
それでも、光進丸は加山雄三の人生を語るうえで欠かせない存在だ。少年時代から船を設計し、海上で暮らし、音楽にその名前を刻んだ歩みは、船が単なる趣味やぜいたく品ではなかったことを物語っている。
光進丸の歴史を知ることは、加山雄三という人物のもう一つの顔、すなわち海を愛し、船とともに人生を歩んできた「海の男」の生き方を知ることでもある。