タレントの稲村亜美さんの出身中学はどこなのでしょうか。検索すると「江東区立砂町中学校」と「日出中学校(現在の目黒日本大学中学校)」という2つの学校名が見つかります。加えて、途中で転校したという説もあり、学歴情報が分かりにくくなっています。
一方、本人のインタビューや所属事務所の公式プロフィールからは、中学時代にシニアリーグで硬式野球に取り組み、小学1年生から中学3年生までの9年間、野球を続けていたことが分かっています。2026年現在のプロフィールや高校・大学への進学情報も含め、学校名をめぐる説の違いと、本人が語った中学時代の実像を整理します。
【結論】稲村亜美の出身中学はどこ?砂町中学校と日出中学校の2つの説

稲村亜美さんの出身中学校については、江東区立砂町中学校とする情報と、日出中学校とする情報が存在します。
ただし、所属事務所・浅井企画の公式プロフィールには、生年月日や出身地、特技の野球歴などは掲載されているものの、出身中学校の記載はありません。本人のインタビューでも、学校名を特定できる発言は確認できません。
江東区立砂町中学校とする説
江東区立砂町中学校は、東京都江東区北砂にある公立中学校です。
稲村さんの学歴を紹介する一部の人物情報サイトでは、同校を出身中学校として掲載しています。小学校から江東区内の学校に通っていたという学歴情報と結び付けられているケースもあります。
ただし、こうした情報の中には、利用者から寄せられた情報をもとに掲載していると説明するサイトもあります。学校の卒業生名簿や本人の証言など、独立した裏付けが示されているわけではありません。
そのため、砂町中学校出身という説は存在するものの、確定した経歴として扱うには慎重さが必要です。
日出中学校・目黒日本大学中学校とする説
もう一つの説が、私立の日出中学校に在籍していたというものです。
日出中学校は、2019年4月に目黒日本大学中学校へ校名を変更しました。これは学校法人の公式沿革でも確認できます。
学歴を紹介する一部のウェブサイトでは、稲村さんが当初は江東区立砂町中学校に通い、その後、日出中学校へ転校したと説明しています。
しかし、この転校を裏付ける本人の発言や学校側の公表資料は確認できません。高校が日出高校だったという事実だけで、中学校も系列校の日出中学校だったと判断することはできないのです。
したがって、2026年11月現在、出身中学校の正式な校名は公表情報だけでは確定できません。2つの説を区別して理解することが、稲村さんの学歴を正しく把握するポイントです。
【中学時代の真相】稲村亜美はシニアリーグで男子と硬式野球をしていた
学校名以上に確かな情報として残っているのが、中学時代の野球経験です。
稲村さんは、2人の兄が野球をしていた影響で競技を始めました。本人がゲーム情報サイト「gamebiz」のインタビューで語ったところによると、小学生時代は軟式野球、中学校に入ってからはリトルシニアで硬式野球に取り組んでいました。
小学校1年生から中学3年生までの9年間
所属事務所の公式プロフィールには、特技として「野球(9年間)」と記載されています。
また、本人は文化放送の番組でも、小学校と中学校を通じて9年間野球を続けたと振り返っています。
小学生時代は軟式野球のチームでプレーし、中学生になると硬式球を使用するシニアリーグへ進みました。ポジションは主にピッチャーとファーストです。
2022年に公開されたスポーツ総合誌「Number」のインタビューでは、当時のチームは約40人で、女子選手は稲村さん1人だったと紹介されています。
小学生時代にはキャプテンを務め、投手として試合を完投することもあったそうです。中学生になってからは男子選手と同じ環境で練習を重ね、硬式野球に挑戦していました。
シニアリーグでの厳しい練習とポジション
中学時代の練習は、決して楽なものではありませんでした。
日刊スポーツの高校野球関連インタビューでは、練習開始の1時間前に集合していたことや、走り込みを含む厳しいトレーニングについて本人が語っています。
男子選手と同じ練習メニューをこなし、デッドボールや自打球によるけがも経験しました。女子選手がほかにも2人いたものの、途中で辞めてしまい、最終的にはチームで女子が1人になったというエピソードも伝えられています。
この経験は、後年の始球式やバッティングパフォーマンスにつながる基礎になりました。
【中学時代の苦悩】男子との体格差と野球を続けた9年間の意味
稲村さんの中学時代を理解するうえで見逃せないのが、男子選手との体格差や身体能力の変化です。
2022年8月18日、文化放送の番組「おとなりさん」に出演した際、稲村さんは中学時代に感じた男女の身体能力の違いについて振り返りました。
中学2年生で感じた身体能力の変化
小学生時代はエースでキャプテンを務め、打順も3番を任されるなど、チームの中心選手として活躍していました。
ところが、中学校に進学すると状況が変わります。中学1年生の頃までは男子選手と大きな差を感じなかったものの、2年生になると、それまで自分より足が遅かった男子選手に追い抜かれる経験をしたといいます。
本人は文化放送で、次のように振り返っています。
「ここで男女差が生まれるんだっていう。あれはしんどかったですね」
成長期を迎える中学生にとって、身体の変化は競技の結果にも影響します。小学生時代に男子と対等に競い合っていた稲村さんにとっても、簡単に割り切れる経験ではなかったようです。
競技を辞めた理由と本人の振り返り
稲村さんは中学校を卒業すると野球から離れました。
2022年のNumberのインタビューでは、当時は女子選手が高校以降も硬式野球を続けるための選択肢が少なかったことや、中学卒業の段階でやり切ったという感覚があったことを語っています。
一方で、現在の女子野球には高校女子硬式野球大会やプロ野球球団が運営する女子チームなど、新たな選択肢も生まれています。本人も、もし当時そうした環境があれば、その先を目指していたかもしれないという趣旨の話をしています。
9年間の競技生活は、単に野球が得意になったというだけではありません。成長期の壁や競技環境の変化を経験しながら、一つのスポーツを続けた時間でもありました。
【学歴・経歴一覧】稲村亜美の小学校から高校・国士舘大学まで
稲村亜美さんの学歴について、本人の発言や当時の公式プロフィール、報道資料を基準に整理します。
| 時期・学校 | 確認できる情報 | 情報の確度・補足 |
|---|---|---|
| 小学校時代 | 小学1年生から野球を開始。軟式野球を経験 | 本人のインタビューで確認 |
| 中学校時代 | リトルシニアで硬式野球。投手・一塁手 | 本人のインタビューで確認。学校名は未確定 |
| 2014年3月 | 日出高校を卒業 | 東京ヤクルトスワローズの2015年公式プロフィールに記載 |
| 2014年4月 | 国士舘大学21世紀アジア学部に進学 | 当時の公式プロフィールで確認 |
| 2015年 | トヨタ自動車のWebCMで神スイングが話題に | 所属事務所の公式プロフィールに記載 |
| 2026年 | スポーツ番組MC、ラジオ出演などで活動 | 浅井企画の2026年公式プロフィールに掲載 |
出身高校は日出高校(現在の目黒日本大学高校)
稲村さんの高校は、日出高校です。
東京ヤクルトスワローズが2015年9月に公開した始球式の告知プロフィールには、2014年に日出高校を卒業し、同年に国士舘大学21世紀アジア学部へ進学したことが記載されています。
現在の日出高校は、2019年4月に目黒日本大学高等学校へ校名変更されています。
なお、高校時代のコースについては情報が混在しています。一部の学歴紹介サイトでは芸能コースとされていますが、2022年のNumberのインタビュー記事では、稲村さんが進んだのは普通科だったと説明されています。こちらは本人への取材を含む記事であり、芸能コースと断定する情報には注意が必要です。
国士舘大学21世紀アジア学部への進学
高校卒業後は、国士舘大学21世紀アジア学部へ進学しました。
2015年の東京ヤクルトスワローズ公式プロフィールに大学2年生と記載されているほか、2017年10月27日付のデイリースポーツでも、国士舘大学に在籍していたことが報じられています。
2022年のラジオ関西のインタビューでは、大学進学の理由について、芸能活動以外にやりたいことが決まっていなかったため、さまざまなジャンルを学んで将来の選択肢を広げたかったという趣旨を語っています。
なお、大学への入学は確認できますが、卒業年月については所属事務所の現在のプロフィールなどに明記されていません。進学と卒業は別の情報として整理する必要があります。
【転校説を検証】砂町中学校から日出中学校へ移ったという情報は本当?
稲村亜美さんの学歴情報で特に混乱を招いているのが、中学校の転校説です。
一部の学歴紹介サイトでは、江東区立砂町中学校に入学した後、芸能活動のために日出中学校へ転校したという経歴が紹介されています。
しかし、この説明には本人のインタビューとの食い違いがあります。
本人が語った芸能界入りのタイミング
2016年5月18日に公開されたタレントデータバンクのインタビューで、稲村さんは芸能界に入ったきっかけについて、高校1年生のときに池袋で声をかけられたことだったと話しています。
また、2022年8月のNumberのインタビューでも、高校1年生の夏に池袋でスカウトされた経緯が紹介されています。
つまり、本人が語っている芸能活動開始のきっかけは高校1年生の時期です。
一方、転校説を掲載する一部サイトでは、中学3年生の段階でスカウトされ、芸能活動のために転校したという説明が見られます。この時期の説明は本人のインタビューと一致していません。
転校そのものを否定できる公的資料があるわけではありませんが、少なくとも現在確認できる本人談からは、砂町中学校から日出中学校へ転校したという経歴を裏付けることはできません。
日出高校に進学したことと日出中学校への在籍は別問題
もう一つ注意したいのが、日出高校への進学と日出中学校への在籍を混同しないことです。
日出中学校と日出高校は系列の学校でしたが、系列校の高校に進学したからといって、必ずしも中学校も同じ系列だったとは限りません。
また、現在の目黒日本大学中学校という名称は2019年から使われています。稲村さんが中学生だった時代の学校名は日出中学校であり、現在の校名を過去の経歴にそのまま当てはめると、時系列が分かりにくくなります。
学歴情報を見比べる際には、次の3点を判断基準にすると整理しやすくなります。
- 本人や所属事務所が公表しているか。
- 当時の報道や公式プロフィールと年代が一致しているか。
- 別の学歴紹介サイトの記述を転載しただけではないか。
この基準で見ると、日出高校卒業と国士舘大学への進学は当時の公式資料で確認できますが、中学校の転校説には十分な裏付けがありません。
【2026年最新プロフィール】稲村亜美の現在の活動と神スイングの原点
稲村亜美さんは1996年1月13日生まれ。2026年11月現在、30歳です。東京都出身で、所属事務所は浅井企画。公式プロフィールでは身長173cm、血液型A型と紹介されています。
特技として掲載されているのは、野球9年間と銀杏むきです。中学時代までの野球経験は、現在のタレント活動にもつながっています。
2015年の神スイングが転機に
2014年には講談社主催の「Miss iD2014」に選ばれ、2015年4月にはトヨタ自動車のWebCMで豪快なバッティングを披露しました。
このCMをきっかけに広まったのが「神スイング」という呼び名です。
2016年には女子プロ野球チーム・埼玉アストライアの公認神サポーターに就任。野球経験を生かし、スポーツ番組や始球式などでも活躍の場を広げました。
2017年には東京マラソンを完走。2018年からは政府の自転車活用推進本部による自転車アンバサダーを務め、2023年からはGRAND CYCLE TOKYOのアンバサダーにも就任しています。
2026年もスポーツ分野を中心に活躍
2026年の浅井企画公式プロフィールには、フジテレビONE「プロ野球ニュース」のMCをはじめ、複数のラジオ番組への出演が掲載されています。
また、2026年版カレンダーの発売情報も掲載されており、タレントとしての活動を継続しています。
野球を9年間経験したというプロフィール上の数字は、単なる過去の肩書きではありません。実際の競技経験があるからこそ、選手のプレーや野球の技術的な話題を理解し、スポーツ番組の進行や野球関連の仕事に生かせるという強みがあります。
神スイングで知られるようになった後も、野球との関係を継続していることが、稲村さんのキャリアの特徴です。
【よくある質問】稲村亜美の中学に関する疑問(FAQ)
Q1:稲村亜美の出身中学校は江東区立砂町中学校ですか?
A1:江東区立砂町中学校出身とする情報はありますが、本人や所属事務所が公式に公表した記録は確認できません。確定情報として扱うことは難しい状況です。
Q2:稲村亜美は日出中学校に転校したのですか?
A2:砂町中学校から日出中学校へ転校したという説があります。しかし、本人が芸能界入りのきっかけを高校1年生のスカウトと語っていることもあり、転校説を裏付ける確かな資料は確認できません。
Q3:稲村亜美は中学時代に硬式野球をしていたのですか?
A3:はい。本人のインタビューによると、中学時代はリトルシニアに所属し、男子選手と一緒に硬式野球をしていました。
Q4:稲村亜美の野球経験は何年間ですか?
A4:小学1年生から中学3年生までの9年間です。小学生時代は軟式野球、中学生時代はシニアリーグで硬式野球を経験しました。
Q5:稲村亜美の出身高校と大学はどこですか?
A5:出身高校は日出高校(現在の目黒日本大学高校)です。2014年に卒業し、国士舘大学21世紀アジア学部へ進学したことが当時の公式プロフィールで確認できます。
Q6:稲村亜美は日出高校の芸能コースに通っていたのですか?
A6:一部の学歴紹介サイトでは芸能コースとされていますが、2022年のNumberのインタビュー記事では普通科と紹介されています。本人への取材を含む後者の情報を踏まえると、芸能コースと断定するのは適切ではありません。
まとめ:稲村亜美の中学時代は9年間の野球経験が原点
稲村亜美さんの出身中学校については、江東区立砂町中学校説と日出中学校説が存在します。しかし、所属事務所の公式プロフィールや本人のインタビューから、どちらか一方を出身校として確定することはできません。
一方、中学時代の野球経験は本人の発言や複数の取材記事で裏付けられています。小学1年生から中学3年生までの9年間、野球を続け、中学校では男子選手と一緒にシニアリーグの硬式野球に取り組んでいました。
高校は日出高校、大学は国士舘大学21世紀アジア学部へ進学。2015年の神スイングをきっかけに知名度を高め、2026年現在もスポーツ番組やラジオなどで活動を続けています。
今回の学歴情報を整理すると、最も大切なのは、学校名の噂と本人が実際に語った経歴を分けて理解することです。中学校の正式名称は未確定でも、9年間の野球経験が稲村さんの現在の活動を支える大きな原点になっていることは、本人の言葉とこれまでのキャリアから十分に読み取れます。
今後、本人や所属事務所から中学校に関する新たな公表があれば、砂町中学校説や日出中学校説の検証もさらに進むことになるでしょう。
主な照合資料
- 浅井企画・稲村亜美公式プロフィール(2026年掲載情報)
- Number Web・2022年8月22日、本人インタビュー
- 文化放送・2022年8月18日、本人の中学時代の回想
- 東京ヤクルトスワローズ・2015年公式プロフィール
- 目黒日本大学中学校・公式沿革
- タレントデータバンク・2016年本人インタビュー
- デイリースポーツ・2017年10月27日、国士舘大学在籍時の報道