深沢潮(ふかざわ・うしお)
- 生年:1966年
- 出身地:東京都
- 学歴:1989年、上智大学文学部卒業
- 職歴:外資系金融会社勤務、日本語講師など
- 作家デビュー:2013年
- 受賞:2012年第11回R-18文学賞大賞
作家になるまでの経歴
深沢さんは上智大学文学部を卒業後、外資系金融会社に勤務し、その後、日本語講師などの仕事を経験しました。
小説を書き始めたきっかけは、離婚後の喪失感と、自分の出自に向き合うことでした。
東京都人権啓発センターのインタビューによると、当時、深沢さんは自助グループに参加していました。しかし、自身の在日コリアンとしての生い立ちを人前で話すことは難しかったといいます。
そこで、支援者からフィクションとして自分の気持ちを書いてみてはどうかと助言され、物語を書き始めました。
自助グループの参加者から好評を得たことをきっかけに個人ブログで小説を発表し、さらに小説教室にも通うようになります。
その後、2012年に「金江のおばさん」で第11回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。受賞作を含む連作短編集『ハンサラン 愛する人びと』で作家デビューを果たしました。文庫化に際して『縁を結うひと』に改題されています。
『海を抱いて月に眠る』に描かれた父親と家族の歴史
『海を抱いて月に眠る』
2018年刊行、2021年文庫化。父親をモデルに、在日一世として生きた男性の人生と、娘が家族の歴史を振り返る姿を描いた作品です。
この作品を理解するうえで重要なのは、父親の過去が深沢さん自身にとっても長く知らされていなかったことです。
本人は東京都人権啓発センターのインタビューで、『海を抱いて月に眠る』と『ひとかどの父へ』について、どちらも大人になった娘が、それまで知らなかった父親の人生を通して家族の歴史を振り返る物語であり、自身の経験に基づいていると説明しています。
『李の花は散っても』と『はざまのわたし』
『李の花は散っても』
2023年刊行。李方子と、独立運動家に惹かれる女性マサという二人の女性の人生を通じ、戦前・戦中・戦後の日韓関係を描いた長編小説です。
『はざまのわたし』
2025年1月刊行。在日コリアンの家庭で育った経験を、キムチや寿司、コーヒーなど食の記憶を手掛かりに振り返る自伝的エッセイです。
特に『はざまのわたし』は、本名や通称名というテーマを理解するうえでも参考になる一冊です。
日本と韓国、親と子、女性としての生き方など、さまざまな境界で感じてきた違和感を、日常の食体験を通して描いています。2023年の本人のエッセイ「李東愛が食べるとき」ともつながる内容です。
【2026年最新】深沢潮の現在と名前をめぐる問題

2026年11月現在、深沢潮さんは小説家・エッセイストとして活動しています。
直近の出版動向で注目されるのが、デビュー作を収録した『縁を結うひと』の新たな刊行です。
2026年7月に『縁を結うひと』が角川文庫から発売
『縁を結うひと』角川文庫版
- 発売日:2026年7月24日
- 出版社:KADOKAWA
- レーベル:角川文庫
- 著者:深沢潮
- ISBN:9784041173299
同作は、在日二世の金江福を中心に、結婚や家族、子育て、介護などを描いた連作短編集です。
新しい出版社から作品が刊行されたことは、2026年の作家活動を確認するうえで重要な動きです。
2025年の新潮社との契約終了と2026年の提訴
名前の問題を考えるうえでは、2025年に発生した『週刊新潮』のコラム問題も無視できません。
2025年7月発売の『週刊新潮』に掲載されたコラムでは、深沢さんら朝鮮半島にルーツを持つ人物の名前が取り上げられ、日本名の使用を批判する趣旨の記述がありました。
これに対し、深沢さんは新潮社に抗議。同社は2025年8月4日、公式サイトで深沢さんに精神的苦痛を与えたことについて謝罪しました。
その後、コラムの連載は終了し、深沢さんと新潮社との出版契約も2025年9月30日付で終了しています。
加えて、2026年1月22日には、深沢さんがコラムの執筆者である高山正之氏と出版社ワックを相手取り、約660万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したと報じられました。
弁護士ドットコムの報道によると、訴えの中には、深沢潮という名前を使うなという趣旨の記述によって、氏名に関する自尊心や自負心を傷つけられたという主張も含まれています。これは原告側の主張であり、提訴の時点で裁判所が違法性を認定したという意味ではありません。
この一連の出来事は、深沢さんにとって名前が単なる作家としての看板ではなく、自分の存在や尊厳と結びついたものであることを改めて示しています。
【本名と現在の名前の違い】ネット上で混同されやすい3つのポイント
深沢潮さんの名前について検索すると、本名、通称名、ペンネームが混同されることがあります。特に注意したいのは次の3点です。
1.深沢潮は戸籍上の本名とは限らない
本人が明確に「ペンネーム」と説明しているため、作家名をそのまま現在の戸籍上の氏名と断定することはできません。
1994年の日本国籍取得後の戸籍上の氏名についても、紹介されている公式プロフィールだけでは特定できません。
2.李東愛と通称名は同じものではない
李東愛は韓国籍時代の本名です。一方、通称名は幼少期から日本で生活する際に使用していた日本名です。
両者は異なる役割を持っています。本人が語った通称名の具体的な表記と、ペンネームの由来を混同しないことが大切です。
3.日本国籍取得後も在日コリアンとしてのルーツは変わらない
日本国籍を取得したからといって、両親の出自や家族の歴史がなくなるわけではありません。
父親は在日1世、母親は在日2世であり、深沢さん自身も自身の経験や家族の歴史を文学作品に反映させてきました。
本人は、ペンネームも通称名も民族名も本名も、すべて自分にとって大切な名前だと説明しています。名前の違いを優劣で考えるのではなく、それぞれが生まれた背景を理解することが、正しい人物理解につながります。
【深沢潮の本名】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:深沢潮の本名は何ですか?
A1:韓国籍だった時代の本名は「李東愛(イー・ドンエ)」です。本人が2023年のエッセイで公表しています。
Q2:深沢潮という名前は本名ですか?
A2:いいえ。本人が小説家として使用するペンネームだと説明しています。「深沢」は東京都世田谷区の地名、「潮」は石川啄木の歌集『一握の砂』に収録された短歌に由来します。
Q3:深沢潮はいつ日本国籍を取得しましたか?
A3:1994年です。東京都人権啓発センターのプロフィールでは、在日コリアンとの結婚と妊娠を機に日本国籍を取得したと紹介されています。
Q4:深沢潮が幼少期に使っていた通称名は何ですか?
A4:本人は幼少期から日本名の通称を使用していたと公表しています。ただし、通称名の具体的な表記とペンネームは区別する必要があります。
Q5:2026年現在も作家として活動していますか?
A5:はい。2025年刊行の『はざまのわたし』に加え、2026年7月には『縁を結うひと』の角川文庫版が発売されています。
まとめ:深沢潮の本名を知ることは名前と人生の歴史を知ること
深沢潮さんの本名は、韓国籍だった時代の李東愛(イー・ドンエ)です。「深沢潮」は本人が選んだペンネームであり、東京都世田谷区深沢という土地と、石川啄木の歌集『一握の砂』に由来しています。
今回の重要な事実を整理すると、次のとおりです。
- 本名:李東愛(イー・ドンエ)
- 幼少期:差別や家族の事情から日本名の通称を使用
- 1994年:結婚と妊娠を機に日本国籍を取得
- ペンネーム:深沢潮
- 学歴:上智大学文学部卒業
- 作家デビュー:2012年の文学賞受賞を経て2013年
- 2026年:『縁を結うひと』の角川文庫版が発売
深沢潮さんの名前の変遷は、単なる改名の話ではありません。家族の事情、在日コリアンとしての経験、日本国籍の取得、文学との出会いが重なって形づくられたものです。
特に印象的なのは、本人が本名・通称名・ペンネームのどれか一つだけを自分の名前として選ぶのではなく、すべてを大切なものとして捉えていることです。
深沢潮という名前の背景を知ることは、彼女がどのような人生を歩み、なぜ家族やルーツを題材に小説を書き続けているのかを理解する手掛かりになります。