京都大学が2026年春号の広報誌『紅萠』で公表した特集によると、2025年の受賞者を含め、京都大学の卒業生・教員にあたるノーベル賞受賞者は13人に達している。
最初の受賞者は1949年の湯川秀樹。そこから朝永振一郎、福井謙一、利根川進らが続き、2000年代以降には小林誠、益川敏英、山中伸弥、本庶佑らが世界的な研究成果を残した。
そして2025年、北川進と坂口志文という2人の研究者が同じ年にノーベル賞を受賞した。
受賞分野の内訳
13人を受賞した賞の種類で分類すると、次のようになる。
- 物理学賞:5人
- 化学賞:4人
- 生理学・医学賞:4人
特定の研究分野だけに受賞者が集中しているわけではない。理論物理学、化学、生命科学、医学と、幅広い領域に研究の蓄積があることが京大の特徴だ。
また、京都大学の公式資料では、2025年の日本人2人同時受賞は2015年以来10年ぶりの出来事と紹介されている。
【受賞年・賞別】京都大学のノーベル賞受賞者13人一覧

ここでは京都大学が紹介する13人を、受賞年の新しい順に整理する。
| 受賞年 | 受賞者 | 賞の種類 | 主な研究・功績 | 京大との関係 |
|---|---|---|---|---|
| 2025年 | 北川進 | 化学賞 | 多孔性金属錯体(MOF)の開発 | 卒業生・教員 |
| 2025年 | 坂口志文 | 生理学・医学賞 | 制御性T細胞と末梢性免疫寛容 | 卒業生・名誉教授 |
| 2019年 | 吉野彰 | 化学賞 | リチウムイオン電池の開発 | 卒業生 |
| 2018年 | 本庶佑 | 生理学・医学賞 | PD-1の発見とがん免疫療法 | 卒業生・教員 |
| 2014年 | 赤﨑勇 | 物理学賞 | 高効率青色発光ダイオード | 卒業生 |
| 2012年 | 山中伸弥 | 生理学・医学賞 | iPS細胞の開発 | 京都大学教授 |
| 2008年 | 小林誠 | 物理学賞 | 小林・益川理論 | 元京都大学理学部助手 |
| 2008年 | 益川敏英 | 物理学賞 | 小林・益川理論 | 京都大学名誉教授 |
| 2001年 | 野依良治 | 化学賞 | 不斉触媒による水素化反応 | 卒業生・元教員 |
| 1987年 | 利根川進 | 生理学・医学賞 | 抗体の多様性を生み出す遺伝的原理 | 卒業生 |
| 1981年 | 福井謙一 | 化学賞 | フロンティア軌道理論 | 卒業生・教員 |
| 1965年 | 朝永振一郎 | 物理学賞 | 量子電磁力学の基礎的研究 | 卒業生 |
| 1949年 | 湯川秀樹 | 物理学賞 | 中間子理論 | 卒業生・教員 |
この一覧で注目したいのは、受賞者の所属や学歴が必ずしも同じではないことだ。
例えば、山中伸弥は神戸大学医学部の卒業生だが、ノーベル賞受賞時には京都大学iPS細胞研究所長・教授だった。小林誠と益川敏英は名古屋大学の卒業生でありながら、京都大学で研究・教育に携わった。
つまり、13人という数字は「京都大学を卒業した人だけ」の人数ではない。大学の研究活動に関わった人も含めた、京都大学との歴史的なつながりを示す数字なのである。
【2025年の快挙】北川進と坂口志文は何を発見したのか
2025年の京大関係者による2つのノーベル賞受賞は、研究分野こそ異なるものの、どちらも従来の常識を広げる成果だった。
北川進|化学賞を受賞したMOF研究
2025年10月8日、スウェーデン王立科学アカデミーは、北川進、リチャード・ロブソン、オマール・ヤギの3氏にノーベル化学賞を授与すると発表した。
受賞理由は、多孔性金属錯体、英語でMetal-Organic Frameworksと呼ばれる「MOF」の開発である。
MOFは、金属イオンと有機分子を組み合わせてつくる多孔質の結晶材料だ。内部に微細な空間を持ち、その空間に特定の気体や物質を取り込んだり、蓄えたりできる。
従来の材料とは異なり、構成要素を組み替えることで、用途に合わせて孔の大きさや性質を設計できる点が大きな特徴となっている。
期待される用途は幅広い。
- 二酸化炭素の回収
- 砂漠の空気からの水の採取
- 有害ガスの貯蔵
- 化学反応を促進する触媒
- 物質の分離や環境浄化
特に注目されるのは、環境・エネルギー分野への応用可能性だ。
気候変動への対応や水資源の確保が課題となる中、物質を分子レベルで捕まえ、選択的に取り出せる材料の開発は重要な意味を持つ。
北川は京都大学大学院工学研究科で石油化学を学び、1979年に博士号を取得した。近畿大学、東京都立大学などを経て京都大学で研究を続け、2017年に京都大学特別教授、2024年には理事・副学長に就任している。
今回の受賞は、北川個人の成果だけではなく、長年にわたる研究グループの積み重ねが国際的に評価されたものでもある。
坂口志文|生理学・医学賞を受賞した制御性T細胞研究
2025年10月6日には、坂口志文がメアリー・E・ブランコウ、フレッド・ラムズデルとともにノーベル生理学・医学賞を受賞することが発表された。
受賞理由は「末梢性免疫寛容に関する発見」。
この研究を理解するためには、まず免疫の仕組みを知る必要がある。
人間の免疫システムは、細菌やウイルスなどの異物を攻撃して身体を守る。しかし、免疫が過剰に働けば、自分自身の正常な細胞や組織まで攻撃してしまうことがある。
そこで必要になるのが、免疫反応を抑制する仕組みだ。
坂口が重要な役割を明らかにしたのが、制御性T細胞(Regulatory T cells、Treg)である。
制御性T細胞は、ほかの免疫細胞の働きを調整し、自己の組織に対する過剰な攻撃を防ぐ役割を担っている。
坂口は1995年に、それまで十分に認識されていなかった免疫細胞の集団を発見した。その後、ブランコウとラムズデルによるFoxp3遺伝子の研究と結びつき、制御性T細胞の発生や働きに関する理解が大きく進んだ。
この成果は、自己免疫疾患の理解だけでなく、がん免疫療法や臓器移植に関する研究にもつながっている。
坂口は京都大学医学部を1976年に卒業し、1983年に医学博士号を取得。京都大学名誉教授でもあり、受賞時は大阪大学免疫学フロンティア研究センターの特任教授を務めていた。
2025年の2人に共通する研究姿勢
北川の研究は材料の内部に新しい機能を持つ空間をつくること、坂口の研究は免疫システムの中にある抑制機構を明らかにすることだった。
両者に共通するのは、目に見える現象だけでなく、その背後にある仕組みそのものを解明しようとした点だ。
すぐに社会的な用途が明確になる研究だけではなく、基礎的な問いを長い時間をかけて掘り下げた成果が、世界的な評価につながった。
【代表的な研究を深掘り】湯川秀樹から本庶佑・山中伸弥まで
京大ノーベル賞の歴史を理解するには、受賞者の名前を覚えるだけでは不十分だ。それぞれの研究が、科学や社会にどのような変化をもたらしたのかを見ていきたい。
湯川秀樹|日本人初のノーベル賞という歴史的転換点
1949年、湯川秀樹は日本人として初めてノーベル賞を受賞した。
対象となったのは、1934年に発表した中間子理論である。
原子核の中では陽子と中性子が強い力によって結びついている。湯川は、その力を媒介する粒子が存在するという理論を提唱し、中間子の存在を予測した。
当初は大胆な仮説だったが、後の実験によって中間子の存在が確認され、理論の重要性が認められた。
湯川の受賞は、戦後の日本にとっても大きな意味を持った。国際的な研究環境が十分に整っていなかった時代に、日本の理論物理学が世界の最前線に立てることを示したからだ。
朝永振一郎|量子電磁力学の発展に貢献
1965年には朝永振一郎がノーベル物理学賞を受賞した。
湯川と同じ京都大学で学んだ朝永は、量子電磁力学の発展に大きく貢献した。
電子と光の相互作用を扱う量子電磁力学では、計算上の無限大という難題が生じる。朝永は繰り込み理論を発展させ、この問題を扱う理論的な枠組みを確立した。
受賞はジュリアン・シュウィンガー、リチャード・ファインマンとの共同受賞だった。
福井謙一|化学反応を予測するフロンティア軌道理論
1981年のノーベル化学賞受賞者が福井謙一だ。
福井のフロンティア軌道理論は、化学反応がどのように進むかを電子の軌道から説明する理論である。
化学反応は、物質同士が出会えば必ず同じように進むわけではない。分子の電子状態や構造によって反応のしやすさは変わる。
福井は、分子の反応性を理解するうえで、最高被占軌道と最低空軌道が重要な役割を果たすことを示した。
この考え方は、有機化学や新しい物質の設計に大きな影響を与えた。
小林誠・益川敏英|素粒子物理学を変えた理論
2008年のノーベル物理学賞では、小林誠と益川敏英が共同受賞者となった。
2人が1973年に発表した小林・益川理論は、素粒子の世界におけるCP対称性の破れを説明するものだ。
当時知られていたクォークは3種類だったが、理論は6種類のクォークが存在することを予言した。
その後、新たなクォークが実験で発見され、理論の正しさを裏付ける結果が積み重なった。
なお、2008年のノーベル物理学賞は、南部陽一郎が自発的対称性の破れの発見で半分を受賞し、残り半分を小林と益川が共同受賞する形だった。
2人は京都大学理学部の助手として研究していた時期に、この理論を発表している。
山中伸弥|iPS細胞が切り開いた再生医療
2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥の研究は、細胞の常識を大きく変えた。
人間の身体を構成する細胞は、発生の過程でそれぞれの役割に応じた性質を獲得する。一般に、一度分化した細胞は元の未分化な状態に戻らないと考えられていた。
山中は、特定の遺伝子を働かせることで、成熟した細胞を多能性を持つ状態に戻せることを示した。
これが人工多能性幹細胞、iPS細胞である。
2006年にはマウスの細胞からiPS細胞を作製し、翌2007年にはヒトのiPS細胞の樹立にも成功した。
この技術によって、再生医療、病気の仕組みの解明、薬剤開発などに新しい研究の可能性が広がった。
山中は神戸大学医学部を卒業しており、京都大学の卒業生ではない。しかし、京都大学で研究を発展させ、受賞時にはiPS細胞研究所長・教授を務めていたため、京大ゆかりの受賞者13人に含まれている。
本庶佑|PD-1の発見とがん免疫チェックポイント
2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑は、がん治療の新しい方向性を切り開いた研究者だ。
本庶の重要な研究成果の一つが、免疫細胞に存在するPD-1という分子の発見である。
免疫システムには、過剰な反応を防ぐために働きを抑える仕組みがある。PD-1はT細胞の働きを抑制する免疫チェックポイントの一つだ。
本庶らの研究によって、この抑制機構を解除することが、がんに対する免疫反応を高める可能性が明らかになった。
これが現在の免疫チェックポイント阻害薬につながる研究の基盤となった。
受賞はジェームズ・アリソンとの共同受賞であり、両者はそれぞれ異なる免疫抑制分子の研究を通じて、がん免疫療法の発展に貢献した。
吉野彰|リチウムイオン電池を実用化へ導いた研究
2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰は、リチウムイオン電池の開発に貢献した。
スマートフォンやノートパソコン、電気自動車など、充電して繰り返し使用する機器に欠かせない技術の一つだ。
吉野は京都大学工学部を1970年に卒業し、1972年に大学院修士課程を修了した。
京都大学で学んだ後、旭化成で研究開発に取り組み、軽量で高性能な充電式電池の実用化を進めた。
ノーベル化学賞はジョン・グッドイナフ、M・スタンリー・ウィッティンガムとの共同受賞である。
【13人の数え方】京大卒業生と京都大学ゆかりの受賞者は違う
「京大ノーベル賞」を調べる際に、最も間違えやすいのが受賞者数の数え方だ。
京都大学の卒業生と、京都大学で研究・教育に携わった人を同じ基準で数えてしまうと、誤解が生まれる。
京大を卒業した受賞者
京都大学の卒業生には、次の研究者がいる。
- 湯川秀樹
- 朝永振一郎
- 福井謙一
- 利根川進
- 野依良治
- 赤﨑勇
- 本庶佑
- 吉野彰
- 北川進
- 坂口志文
これらの研究者は京都大学で学び、専門分野の研究を発展させてきた。
卒業生ではないが京大で研究した受賞者
一方、次の3人は京都大学以外の大学を卒業している。
山中伸弥
神戸大学医学部を卒業。京都大学で研究を進め、iPS細胞研究所長・教授を務めた。
小林誠
名古屋大学を卒業。京都大学理学部助手として研究に従事した。
益川敏英
名古屋大学を卒業。京都大学理学部助手、教授などを務め、基礎物理学研究所の所長も経験した。
このように、卒業大学と研究活動を行った大学は一致するとは限らない。
なぜ13人という数字が使われるのか
京都大学の2026年春号の公式特集は、受賞者を「京都大学にゆかりのあるノーベル賞受賞者」として整理している。
卒業生という学歴だけではなく、大学での研究活動や教員としての在籍歴も含めた集計だ。
そのため、検索結果などで「京大卒のノーベル賞受賞者」と「京大ゆかりのノーベル賞受賞者」が混在している場合は、どちらの意味で使われているかを確認する必要がある。
これは受賞者数を正しく理解するための重要な判断基準である。
【自由の学風】京都大学からノーベル賞受賞者が生まれる理由
京都大学とノーベル賞を語るとき、必ず登場する言葉が「自由の学風」だ。
しかし、自由な校風という言葉だけで、13人もの受賞者が生まれた理由を説明することはできない。
重要なのは、その自由が研究活動のどの部分に影響してきたかという点だ。
既存の常識にとらわれない研究を尊重する
京都大学は、学生の自主性や対話を重視する自学自習の伝統を持つ。
研究者が既存の研究テーマを追いかけるだけではなく、自分自身で疑問を見つけ、独自の研究課題を設定することが重要になる。
湯川の中間子理論も、福井のフロンティア軌道理論も、当時の科学の常識を一歩先へ進める発想から生まれた。
すぐに役立つか分からない研究にも価値を認める
2026年春号の京都大学広報誌『紅萠』では、北川進が自身の研究生活を振り返っている。
北川は、長年の研究を支えたものとして、京都大学の自由の学風を挙げた。
「この歩みは、私ひとりのものではありません。」
北川は加えて、研究仲間や学生との議論、挑戦を支える大学の文化が、MOF研究の発展につながったと説明している。
特に印象的なのは、北川が「無用之用」という考え方を研究の根底に置いていたことだ。
これは、一見すると役に立たないように見えるものにも、本質的な価値があるという考え方である。
MOFの内部にある孔も、研究の初期段階では何の役に立つのか分からないものだった。しかし、研究を積み重ねることで、気体の貯蔵や分離などにつながる機能が明らかになっていった。
長期的な基礎研究を支える環境
ノーベル賞につながる研究は、必ずしも短期間で成果が出るものではない。
湯川の理論が発表されたのは1934年で、受賞は1949年。北川のMOF研究も長年の積み重ねによって世界的な成果となった。
研究の初期段階では、将来の実用性や社会的な価値が明確でない場合もある。
そのため、研究者が長期的に挑戦できる環境や、異なる考え方を受け入れる研究文化は重要だ。
ただし、自由の学風だけがノーベル賞受賞の原因というわけではない。研究者本人の独創性、共同研究者との協力、研究設備、資金、国際的な研究交流など、複数の要素が重なって成果につながる。
京都大学の伝統は、その中で独創的な研究を支えてきた一つの土台と考えるのが適切だ。
【2026年最新】京大ノーベル賞受賞者数は今後増えるのか
2026年11月5日時点では、京都大学ゆかりのノーベル賞受賞者数は13人という整理が続いている。
2026年にも日本人のノーベル賞受賞者が誕生しているが、京都大学の卒業生・教員に該当する新たな受賞者ではない。
2026年のノーベル化学賞は硤合憲三氏
2026年10月7日、ノーベル化学賞はアンリ・カガンと硤合憲三(Kenso Soai)の2氏に授与されることが発表された。
硤合氏は東京大学の卒業生で、東京理科大学名誉教授。
受賞理由は、不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見である。
分子には、右手と左手のように鏡像関係にある2種類の形が存在する。こうした分子の向きを制御する研究は、医薬品の合成や生命の起源に関わる研究にもつながっている。
今回の受賞者は京都大学の卒業生・教員には該当しないため、京大ゆかりの13人という数字には加算されない。
2026年の京都大学の研究環境
京都大学では、ノーベル賞以外にも世界的な学術賞で成果を挙げた研究者がいる。
2025年には、数学の国際的な最高峰の賞の一つであるアーベル賞を柏原正樹が受賞した。
ノーベル賞とアーベル賞は異なる賞であり、受賞者数を合算することはできない。しかし、自然科学から数学まで、幅広い分野で研究成果が評価されていることは注目に値する。
また、京都大学は国際卓越研究大学の認定候補として選定され、研究体制の強化に向けた取り組みを進めている。
今後のノーベル賞受賞者を予測することはできないが、基礎研究を支える環境をどう維持し、次世代の研究者を育成するかは、大学にとって大きな課題となる。
【京大ノーベル賞】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:京都大学のノーベル賞受賞者は全部で何人ですか? A1:2025年の北川進、坂口志文両氏の受賞を含め、京都大学の卒業生・教員にあたる受賞者は13人です。
Q2:京大で最初にノーベル賞を受賞したのは誰ですか? A2:1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹です。日本人初のノーベル賞受賞者でもあります。
Q3:2025年にノーベル賞を受賞した京大関係者は誰ですか? A3:化学賞の北川進と、生理学・医学賞の坂口志文です。日本人2人が同じ年にノーベル賞を受賞するのは10年ぶりでした。
Q4:小林誠と益川敏英は京都大学の卒業生ですか? A4:いいえ。2人は名古屋大学の卒業生です。ただし、京都大学で助手や教授として研究・教育に携わったため、京大ゆかりの受賞者に含まれています。
Q5:山中伸弥は京都大学を卒業していますか? A5:いいえ。山中伸弥は神戸大学医学部の卒業生です。京都大学でiPS細胞研究を進め、受賞時には京都大学iPS細胞研究所長・教授を務めていました。
Q6:本庶佑のノーベル賞受賞理由は何ですか? A6:免疫抑制分子PD-1の発見と、免疫の抑制を解除することでがん治療につなげる研究です。ジェームズ・アリソンとの共同受賞でした。
Q7:京大の自由の学風とは何ですか? A7:学生や研究者の自主性を尊重し、既存の常識にとらわれず、自分自身の問いを追究することを大切にする京都大学の伝統的な研究・教育文化です。
Q8:2026年に京大のノーベル賞受賞者は増えましたか? A8:2026年11月5日時点では、京都大学ゆかりの受賞者数は13人です。2026年の化学賞受賞者である硤合憲三氏は東京大学卒業であり、京都大学の集計には含まれません。
まとめ:京大ノーベル賞13人が示す研究の価値
京都大学のノーベル賞受賞者13人を振り返ると、1949年の湯川秀樹から2025年の北川進、坂口志文まで、時代ごとに科学の新しい可能性を切り開いてきたことが分かる。
特に重要なのは、13人全員が同じ道を歩んできたわけではないという点だ。
理論物理学の研究者もいれば、化学反応を解明した研究者、免疫の仕組みを発見した研究者、細胞の可能性を広げた研究者もいる。卒業生だけでなく、京都大学で研究や教育に携わった人も含まれている。
2025年の北川進と坂口志文の同時受賞は、その多様性を象徴する出来事だった。
2026年現在、京大ノーベル賞の受賞者数は13人。今後の焦点は、過去の実績を維持することだけではなく、まだ評価されていない基礎研究や若手研究者の挑戦をどれだけ支えられるかにある。
京都大学の「自由の学風」が大切にしてきたのは、すぐに答えが出る問いだけを追いかけるのではなく、誰も気づいていない問題を自分自身で発見する姿勢だ。
ノーベル賞13人の歩みは、大学の知名度やブランド以上に、独創的な研究を長い時間をかけて育てることの価値を伝えている。
主な公式根拠資料
- 京都大学広報誌『紅萠』2026年春号「京都大学とノーベル賞」
- 京都大学「ノーベル賞受賞者一覧」および英語版受賞者一覧
- ノーベル賞公式発表:2025年化学賞・生理学医学賞
- 京都大学公式資料:2026年年頭挨拶、研究者の功績紹介
- 2026年化学賞:東京理科大学公式発表・日本政府発表