「天は二物を与えず」は、主に優れた能力を持つ人にも苦手なことがあると説明するときに使います。
また、反対に、複数の才能を持つ人を称賛するために、あえてことわざを否定する形で使うこともあります。
日常会話での使い方と例文
例文1:勉強と運動の得意不得意
「彼女は全国レベルの学力を持っているけれど、運動は少し苦手らしい。天は二物を与えずということかな。」
勉強という長所と、運動という不得意分野を対比した使い方です。
例文2:仕事と日常生活の違い
「仕事では非常に優秀な先輩なのに、料理はまったくできないらしい。天は二物を与えずだね。」
仕事の能力が高い人にも、別の苦手分野があることを表現しています。
例文3:芸術とスポーツ
「彼はピアノの演奏が素晴らしい一方で、スポーツは苦手だそうだ。まさに天は二物を与えずだ。」
異なる分野の能力を比較する例です。
複数の才能を持つ人を褒める使い方
このことわざは、肯定形に変えることで褒め言葉にもなります。
例文4:容姿と知性
「彼女は美しいだけでなく、仕事もできる。天は二物を与えたということだろう。」
例文5:学業とスポーツ
「勉強もスポーツもトップクラスなんて、天は二物を与えたとしか思えない。」
例文6:音楽と語学
「彼は作曲の才能があるうえに、外国語も何か国語も話せる。天は二物を与えた人だね。」
このように「天は二物を与えた」「天は二物を与えられた」という表現は、元のことわざを逆転させた称賛として使えます。
使うときに気を付けたい3つのポイント
1. 相手の欠点を決めつけない: 優れた才能があるからといって、別の分野に欠点があるとは限りません。
2. 容姿や性格をからかわない: 褒めているつもりでも、相手にとっては嫌味に聞こえる場合があります。
3. 物質的な所有には使わない: 「二物」は基本的に才能や長所を指すため、二つの商品や財産を手に入れる話には適しません。
特に職場では、相手の能力を評価するつもりで使った言葉が、思わぬ皮肉になることがあります。相手との関係や会話の状況を考えて使うことが大切です。
【類語・対義語】似たことわざや反対の意味を持つ言葉との違い

「神は二物を与えず」と似た意味のことわざには、複数の長所を持つことの難しさや、人間の弱点を表現するものがあります。
一方、対義語には、複数の能力を兼ね備えていることを示す四字熟語などがあります。
意味が近い類語
1. 角あるものは牙なく、牙あるものは角なし
一つの優れた特徴を持つものは、別の特徴を同時には持たないという意味です。
「天は二物を与えず」と同様に、複数の優れた資質を兼ね備えることの難しさを表現しています。
2. 弁慶の泣き所
どんなに強い人にも弱点があるという意味です。
武蔵坊弁慶のような豪傑にも、痛みを感じる急所があるというイメージから生まれた表現です。
ただし、「弁慶の泣き所」は特定の弱点を指す言葉であり、複数の才能を持てないという意味ではありません。
対義語・反対の意味を表す四字熟語
「天は二物を与えず」には、辞書で一つに定められた直接的な対義語はありません。
ただし、複数の能力や長所を兼ね備えていることを表す言葉は、反対の意味を説明する際に役立ちます。
- 才色兼備(さいしょくけんび): 優れた知性と美しい容姿を兼ね備えていること。
- 文武両道(ぶんぶりょうどう): 学問と武道の両方に優れていること。現在は勉強とスポーツの両方が得意な人にも使う。
- 博学多才(はくがくたさい): 幅広い知識と多くの才能を持っていること。
- 才貌両全(さいぼうりょうぜん): 才能と容姿の両方が優れていること。
- 八面六臂(はちめんろっぴ): 多方面で優れた能力を発揮し、一人で何人分もの働きをすること。
関連する言葉の意味と関係性を比較
それぞれの言葉がどのような関係にあるのか、一覧にまとめました。
この比較から分かるのは、「天は二物を与えず」が人間の不完全さを表すのに対し、対照表現は複数の長所を兼ね備えた状態を肯定的に評価しているという違いです。
「神は二物を与えず」の言い換え表現
日常会話や文章では、次のような表現に置き換えることもできます。
| 言い換え | ニュアンス |
|---|---|
| 誰にでも得手不得手がある | 最も自然で柔らかい |
| 完璧な人間はいない | 人間の不完全さを強調 |
| 長所もあれば短所もある | バランスのよい説明 |
| 何もかも兼ね備えた人はいない | 元のことわざに近い |
| 人それぞれに個性がある | 前向きで肯定的 |
| 強みは人によって違う | 能力の多様性を強調 |
特にビジネスシーンや学校での会話では、「誰にでも得意なことと苦手なことがある」という表現がおすすめです。
相手を評価したり、欠点を指摘したりする印象を抑えられます。
【英語表現】「神は二物を与えず」は英語でどう表現する?
英語では、日本語のことわざに近い意味を持つ表現がいくつかあります。
God doesn't give with both hands.
直訳すると「神は両手で与えない」です。
一人の人間に、あらゆる才能や幸運が与えられるわけではないという意味で使われる英語のことわざです。
日本語の「天は二物を与えず」に比較的近い表現です。
God does not give two gifts.
直訳すると「神は二つの贈り物を与えない」です。
日本語のことわざを英語に置き換えた表現として紹介されています。
ただし、英語圏で誰もが使う定型表現というわけではないため、実際の会話では文脈を補うと伝わりやすくなります。
You can't have it all.
直訳に近い意味は「すべてを手に入れることはできない」です。
日常会話で使いやすく、何もかも完璧に手に入れることは難しいという意味を表します。
例えば、次のように使います。
You can't have it all. Everyone has strengths and weaknesses.
(何もかも手に入れることはできない。誰にでも長所と短所がある。)
Nobody has it all.
「すべてを兼ね備えた人などいない」という意味です。
人間の不完全さを伝える際に自然な表現で、日常会話でも応用しやすい言い方です。
英語表現の使い分け
| 英語表現 | 日本語のニュアンス |
|---|---|
| God doesn't give with both hands. | 天は二物を与えず |
| God does not give two gifts. | 神は二つの才能を与えない |
| You can't have it all. | 何もかも手に入れることはできない |
| Nobody has it all. | 完璧な人間はいない |
ことわざらしい表現を使いたいなら最初の表現、自然な英会話を優先するなら「You can't have it all.」や「Nobody has it all.」が使いやすいでしょう。
【神は二物を与えず】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「神は二物を与えず」と「天は二物を与えず」はどちらが正しい?
「天は二物を与えず」が一般的な辞書の見出し語です。「神は二物を与えず」も意味は通じますが、正式な文章では「天は二物を与えず」を使うとよいでしょう。
Q2:「天は二物を与えず」の由来はキリスト教や聖書?
キリスト教の思想との関連を指摘する説はありますが、聖書の特定の一節が直接の出典だと確定しているわけではありません。江戸時代の洒落本『傾城情史』(1832年)にも古い用例が残っています。
Q3:「神は二物を与えず」は褒め言葉として使える?
使えます。「天は二物を与えた」という肯定形にすると、容姿と知性、学業とスポーツなど、複数の長所を持つ人を称賛できます。
Q4:「天は二物を与えず」の対義語は何?
厳密に決まった対義語はありません。反対の状態を表す言葉として「才色兼備」「文武両道」「博学多才」などがあります。
Q5:「天は二物を与えず」は本当のこと?
人間に複数の才能が備わらないという科学的な法則ではありません。複数の分野で優れた能力を発揮する人もいます。あくまで、人間には得意不得意があるという考え方を表すことわざです。
Q6:「天は二物を与えず」の英語表現は?
「God doesn't give with both hands.」が代表的な対応表現です。より自然な日常英語では「You can't have it all.」や「Nobody has it all.」も使えます。
まとめ:「神は二物を与えず」は人間の個性と可能性を考える言葉
「神は二物を与えず」は、人間にはいくつもの長所や才能が同時に備わるとは限らないという考え方を表現したことわざです。
一般的な辞書表記は「天は二物を与えず」であり、その歴史的な用例は江戸時代までさかのぼります。1832年の洒落本『傾城情史』や1917年の芥川龍之介『戯作三昧』にも関連する表現が確認できます。
意味を理解するうえで押さえておきたいのは、次の5点です。
- 基本的な意味は、人には長所と短所があるということ。
- 語源は特定の人物や聖書の一節に確定していない。
- 類語には「角あるものは牙なく」「弁慶の泣き所」がある。
- 対照的な表現には「才色兼備」「文武両道」「博学多才」がある。
- 英語では「God doesn't give with both hands.」などが対応する。
【プロの結論】本当に大切なのは、自分に与えられた長所をどう生かすか
このことわざを、才能の限界を決める言葉として受け取る必要はありません。
人にはそれぞれ違った強みがあり、苦手なこともあります。しかし、苦手な分野は努力や経験によって改善できますし、一つの才能が別の能力を伸ばすきっかけになることもあります。
他人と自分を比較して足りないものを探すより、自分の強みを理解し、それを育てていくことのほうが建設的です。
「天は二物を与えず」という昔ながらのことわざは、完璧な人間はいないという教訓であると同時に、一人ひとりの個性や違いを認めるための言葉としても捉えられます。
与えられた才能の数を数えるより、今ある長所をどう生かすか。 それこそが、このことわざから2026年の私たちが受け取れる、前向きな教訓と考えられます。