2026年11月6日、今回の騒動は刑事手続きの進展によって再び注目を集めた。
共同通信、時事通信、TBS NEWS DIGなどの報道によると、警視庁丸の内署は、群馬県在住の30代男性を公然わいせつと礼拝所不敬の疑いで書類送検していた。送検日は2026年10月23日とされる。
書類送検された男性の供述
時事通信によると、男性は警察の調べに対して容疑を認め、次のように説明したという。
視聴者からの要望に応えたかった
また、報道によれば、将門塚の管理団体から警察に相談があったのは8月21日。その後、男性は丸の内署に出頭し、事実関係を認めたとされる。
警察は敷地内の防犯カメラ映像も確認。石碑にしがみついて配信する姿だけでなく、下半身を露出する様子も記録されていたとしている。
礼拝所不敬罪とは?
礼拝所不敬罪は、刑法188条1項に規定されている犯罪だ。
神社の社殿、仏堂、墓所など、信仰や礼拝の対象となる場所に対して、公然と不敬な行為をした場合に問題となる。
2026年5月21日施行の現行法では、法定刑は以下のとおり。
- 6か月以下の拘禁刑
- 10万円以下の罰金
将門塚は平将門を供養する場所であり、今回の捜査では石碑にしがみつく行為などがこの罪の疑いの対象となった。
公然わいせつ罪とは?
公然わいせつ罪は刑法174条に規定されている。
公然とわいせつな行為をした場合に成立が問題となる犯罪で、現行法上の法定刑は次のとおり。
- 6か月以下の拘禁刑
- 30万円以下の罰金
- 拘留または科料
今回の事件では、将門塚の前で下半身を露出した疑いが捜査対象となった。
単に配信映像に問題があったというだけではなく、警察が現地の防犯カメラ映像も確認したことが、後の報道で明らかになっている。
書類送検は逮捕や有罪判決とは違う
ここは誤解しやすい部分だ。
書類送検とは、警察が捜査した事件の書類や証拠を検察官に送る手続きである。身柄を拘束して送致する場合とは異なり、書類送検そのものが逮捕を意味するわけではない。
今回の報道で確認できるのは、次の段階までだ。
1. 8月21日、管理団体から警察に相談。
2. 男性が警察署に出頭し、事実関係を認めたと報道。
3. 10月23日、警視庁丸の内署が書類送検。
4. 11月6日、書類送検の事実が報道された。
時事通信によると、警察は起訴の判断を検察に委ねる「相当処分」の意見を付けている。
11月6日時点で、起訴や有罪判決が確定したという報道はない。 今後は検察による処分判断が焦点となる。
なお、警察・通信社の報道では男性の実名や配信活動名は公表されておらず、「群馬県の30代男性」とされている。ネットメディアでは愛之助の8月19日の配信と同一の騒動として関連付けられているが、警察が活動名を公式に公表したわけではない点には注意したい。
【平将門の首塚とは?】祟り伝説と将門塚保存会が守る歴史

今回の炎上が一般的な迷惑配信以上に大きな反響を呼んだ理由には、将門塚そのものが持つ歴史的・文化的な背景がある。
平将門とはどんな人物?
平将門は、平安時代中期に関東地方で勢力を拡大した武将である。
903年生まれとする説があり、940年に平貞盛・藤原秀郷らの軍勢との戦いで命を落とした。
将門は関東で独自に「新皇」を称したことで朝廷と対立。討伐後、その首は京都でさらされたと伝えられている。
その後、首が故郷の東国へ飛んでいき、現在の大手町付近に落ちたという伝説が生まれた。将門塚は、その首を供養する場所として語り継がれてきた。
なぜ将門塚には祟り伝説があるのか
将門塚が心霊スポットとして知られる背景には、江戸時代から語られてきた祟りの伝承がある。
特に知られているのが、関東大震災後の大蔵省庁舎再建に伴う塚の取り壊しをめぐる話だ。
ITmediaが紹介した国税庁の説明によると、塚の取り壊し後に早速整爾蔵相や工事関係者が亡くなったことなどが、祟りの噂と結び付けられてきた。
加えて、1940年には落雷による大蔵省庁舎の焼失を含む大手町官庁街の火災が発生。戦後には米軍による整地作業中のブルドーザー横転事故も伝えられている。
こうした出来事が重なり、将門の怨霊にまつわる伝説が広く知られるようになった。
ただし、これらの事故や災害が将門の祟りによって発生したという科学的・歴史的な証拠はない。
祟りは地域に伝わる伝説であり、確認された因果関係ではない。
将門塚保存会とはどんな団体?
今回の騒動で登場した史蹟将門塚保存会は、将門塚の保存と平将門の顕彰を目的とする団体だ。
保存会の公式情報などによると、主な沿革は以下のとおり。
- 1960年7月:保存会が正式発足。
- 1971年3月26日:将門塚が東京都指定旧跡となる。
- 2020年11月:第6次整備事業が始まる。
- 2021年4月26日:整備事業が竣工。
- 2023年11月:一般社団法人化。
保存会は日常的な清掃や祭祀、施設の維持管理、慰霊大祭などを担っている。
つまり、将門塚は単なる観光名所や心霊スポットではない。現在も地域の人々や関係者が守り続けている歴史的な場所なのだ。
【噂と事実を検証】将門塚配信者をめぐる誤解・未確定情報
騒動が長期化するにつれ、SNSではさまざまな情報が流通した。ここでは、報道や公表情報で確認できる内容を整理する。
① 愛之助はすでに有罪になった?
書類送検されたことは報道されているが、書類送検と起訴、有罪判決はそれぞれ異なる手続きだ。
11月6日時点で確認できるのは10月23日付の書類送検まで。刑事責任が確定したわけではない。
② Kickの999年BANは永久追放なのか?
キッカーズの公式発表では、Kickの規約違反による999年BANと説明されている。
ただし、これを刑事罰や裁判所による永久追放と混同してはいけない。あくまで配信サービス上の利用停止措置である。
③ 将門塚の石碑は破壊された?
今回の配信では石碑にしがみつく様子が問題となったが、初期報道では公開映像上、石碑の破損は確認されなかったとされている。
今回の書類送検報道も、石碑の破壊を理由とするものではなく、礼拝所不敬と公然わいせつの疑いに関するものだ。
④ 保存会は本当に被害届を出した?
ここには報道上の表現の違いがある。
8月22日のキッカーズ公式発表では、神社の管理者から被害届が提出されたと説明されている。
一方、8月21日の報道では、保存会の事務局が置かれている神田神社の担当者が、丸の内警察署に相談したと回答している。
その後、11月6日の時事通信は、8月21日に管理団体から警察への相談があったと報じた。
相談と被害届の提出は同じ意味ではないため、両者を区別して理解する必要がある。
⑤ 将門の祟りが今回の騒動に関係している?
これは歴史的な伝説と現実の事件を混同したものだ。
台風や天候の変化、配信者の処分などを祟りと結び付ける投稿が見られても、それらに因果関係があると示す証拠はない。
今回の問題の本質は、歴史的な供養の場所で行われた配信行為と、その後の警察の捜査、各サービスの利用停止措置にある。
【将門塚配信者】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:将門塚で迷惑配信をした人物は誰?
配信者名は愛之助。Kickで配信し、2026年8月19日に将門塚の石碑にしがみついて奇声を上げる様子を公開した人物として報じられている。ただし、警察・通信社の書類送検報道では実名や活動名は公表されていない。
Q2:愛之助は書類送検された?
2026年10月23日付で、群馬県の30代男性が公然わいせつと礼拝所不敬の疑いで書類送検された。11月6日に報道された。書類送検は有罪判決を意味しない。
Q3:愛之助はKickとニコ生で配信できる?
Kickでは999年BAN、ニコニコ生放送では2026年9月30日に全アカウントの無期限利用停止が報告されている。11月6日時点で、両サービスの配信再開を確認できる報道はない。
Q4:愛之助はキッカーズを脱退した?
はい。2026年8月22日にキッカーズが脱退処分を公式発表した。将門塚での迷惑行為と各種処分を受けた団体内の判断と説明されている。
Q5:将門塚は現在も参拝できる?
将門塚は東京都千代田区大手町に現存する東京都指定旧跡。平将門を供養する場所として保存されている。配信騒動によって史跡そのものがなくなったわけではない。
まとめ:将門塚配信者・愛之助の今後と今回の騒動から見える問題
2026年8月19日に始まった将門塚の配信騒動は、Kickの999年BAN、キッカーズからの脱退、ニコニコ生放送の全アカウント無期限停止、そして10月23日付の書類送検へと展開した。
11月6日時点での要点は次のとおりだ。
- 問題の配信は8月19日にKickで行われた。
- 愛之助は8月21日にXで謝罪した。
- Kickは999年BAN、キッカーズは脱退処分を発表した。
- ニコニコ生放送も9月30日に無期限利用停止となった。
- 10月23日付で男性が書類送検され、11月6日に報道された。
- 起訴や有罪判決は確定していない。
【プロの結論】
今回の騒動で注目すべきなのは、配信者が視聴者の期待に応えようとする行動と、社会的なルールや他者の権利との境界線だ。
ライブ配信では、視聴者の反応や投げ銭、話題性が行動を過激化させる場合がある。しかし、配信が盛り上がることと、その場所で何をしてもよいことは別問題である。
特に神社、寺院、墓所、歴史的建造物などは、管理者だけでなく、参拝者や地域社会にとっても大切な意味を持つ。
今回の件は、プラットフォームの規約違反だけでは終わらず、刑法上の疑いにまで発展した事例として記憶されることになるだろう。
今後の焦点は、検察による処分判断と、愛之助の配信活動の再開に関する動きだ。将門塚の歴史や保存活動とあわせて、引き続き注視する必要がある。