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安田大サーカスHIROの現在は?脳出血から和歌山移住、減量と仕事の全貌【2026】

新城 灯里 新城 灯里 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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2026年11月現在、安田大サーカスのHIROは49歳。2017年に高血圧による左脳室内出血を発症したことをきっかけに、故郷の和歌山県へ生活拠点を移し、芸能活動と地元メディアへの出演を続けている。現在はテレビやラジオの仕事に加え、家庭菜園やDIY、YouTubeなどにも取り組む生活を送っている。

2026年9月17日放送のテレビ東京系『ナゼそこ?+』では、体重180kgだった時代からの減量、脳出血で生死をさまよった経験、和歌山移住の経緯が改めて紹介された。加えて、本人のSNSでは2027年に和歌山へ戻って10年になることも明かされている。現在の体重についても、過去に92kgまで減量した記録と、松竹芸能のプロフィールに掲載されている120kgという数値を区別して見る必要がある。

【2026年最新】安田大サーカスHIROの現在は?テレビ・ラジオで活躍中

安田大サーカスhiro

HIROの2026年現在の活動を確認すると、芸能界を引退したわけでも、安田大サーカスを脱退したわけでもない。東京中心だった活動スタイルから、和歌山を拠点とする地域密着型の働き方へ変化している。

テレビ和歌山の番組にレギュラー出演

2026年9月のオリコン報道では、HIROがテレビ和歌山の生放送番組『わかラ部』にレギュラー出演していることが紹介された。毎週金曜日の放送で、やのぱんらとともに県内各地の情報を届ける仕事にも携わっている。

東京で活動していた時期は、安田大サーカスの3人で出演し、団長安田が主に話すスタイルだった。一方、和歌山での仕事ではHIRO自身が出演者や地域の人と会話する機会が増えている。

2025年11月の文春オンラインのインタビューでは、本人も、和歌山に戻ってから自分が話す仕事が増え、しゃべる技術が上がったと振り返っている。

和歌山放送のラジオ番組も継続

ラジオでは『安田大サーカスHIROの男じゅく。』に出演。和歌山放送で放送されている番組で、地元の話題や食、バイク、DIYなどを取り上げている。

2026年11月5日にも放送回が確認でき、共演者は瀬村奈月。地元を訪ねながら、その土地の魅力や経験談を紹介する内容になっている。

2026年9月には『ナゼそこ?+』で和歌山生活に密着

2026年9月17日放送のテレビ東京系『ナゼそこ?+ 波瀾万丈の人気芸能人SP!HIRO激やせ和歌山移住の真相とは?』では、HIROの人生の転換点が特集された。

番組では、180kgに達した体重、2017年の脳出血、和歌山での減量生活、現在の畑仕事などが紹介された。単なるダイエット成功談ではなく、大病を経験した芸人がどのように生活を変えたのかに焦点を当てた内容だった。

同年9月17日には、HIRO自身もInstagramで番組出演を告知。和歌山での暮らしがテレビで紹介されることを伝えていた。

【プロフィールと関係者】HIROの経歴・団長安田・クロちゃんとの関係

HIROは安田大サーカスのボケ担当として知られる芸人で、本名は広瀬康幸。相撲経験を持ち、かつては力士として活動していた経歴もある。

松竹芸能の公式プロフィールによると、1977年4月20日生まれ、和歌山県出身。2026年11月現在49歳で、身長177cm。公式プロフィールには体重120kgと掲載されている。

安田大サーカスはHIRO、団長安田、クロちゃんの3人で構成される。3人の役割や現在の関係を整理すると、HIROの活動の変化が理解しやすい。

人物・組織 HIROとの関係 主な情報・現在の接点
HIRO 本人 1977年4月20日生まれ。和歌山県出身。松竹芸能所属。
団長安田 トリオのリーダー 本名・安田裕己。1974年生まれ。トリオの活動を支える中心メンバー。
クロちゃん トリオのメンバー 本名・黒川明人。1976年生まれ。HIROとはダイエットや体重の話題でも共通点がある。
松竹芸能 所属事務所 安田大サーカスの所属事務所。HIROの公式プロフィールを掲載。
テレビ和歌山 地元テレビの仕事 『わかラ部』などに出演。地域情報や県内の魅力を紹介。
和歌山放送 ラジオの仕事 『安田大サーカスHIROの男じゅく。』に出演。
テレビ東京 テレビ番組への出演 2026年9月17日放送の『ナゼそこ?+』で和歌山生活を特集。

団長安田とクロちゃんとの関係は現在も継続

HIROが和歌山へ移住した後も、団長安田やクロちゃんとの関係が途切れたわけではない。

2025年の文春オンラインのインタビューでは、HIROは3人で仕事をすると楽しいと話し、芸能界の情報を相方から聞くこともあると説明している。

また、2026年9月の『ナゼそこ?+』に関連する報道では、団長安田とクロちゃんから、和歌山に帰ってからHIROがよく笑うようになったと言われていることも紹介された。

トリオとしての仕事を続けながら、個人では地元のテレビやラジオに出演する。この二つの活動を両立しているのが現在のHIROの特徴だ。

【2017年の脳出血】HIROが左脳室内出血で倒れた経緯と復帰まで

HIROの人生を大きく変えたのが、2017年6月に発症した脳出血だった。

当時40歳だったHIROは、高血圧による左脳室内出血と診断され、東京都内の病院へ救急搬送された。所属事務所の松竹芸能が2017年6月30日に公表した内容によると、発症したのは同月16日だった。

2017年6月16日、自宅で強い頭痛と嘔吐

発症当日、HIROは自宅で強い頭痛と嘔吐を訴えた。前日から頭痛があり、本人は当初、風邪やいつもの片頭痛だと思っていたという。

近くの病院を受診したところ脳出血の疑いが判明。脳神経外科のある都内の病院へ救急搬送され、検査の結果、高血圧による左脳室内出血と診断された。

松竹芸能の公式発表では、出血は軽度で、言葉の不自由や手足のしびれは確認されなかった。入院後は集中治療室で治療を受け、6月29日に一般病棟へ移っている。

7月12日に退院、故郷の和歌山で療養

約1か月の入院を経て、HIROは2017年7月12日に退院した。

退院後は実家のある和歌山へ戻り、通院治療を続けながら療養することになった。芸能活動についても、医師の許可が出るまでは復帰を控える考えを本人がブログで明かしている。

この時期にHIROが大きく意識したのが、健康と生活習慣の見直しだった。

「しっかりと治療して、健康な身体になって戻って来たい」

これは2017年6月の松竹芸能の休養発表に掲載された本人コメントの一節だ。仕事への復帰だけでなく、自分の身体と向き合うことを強く意識していたことがうかがえる。

2017年12月20日に芸能活動へ復帰

2017年12月20日、HIROはイベント出演を通じて仕事に復帰した。

復帰時に報告した体重は93.7kg。入院当時の135kgから約40kg減量した数字だった。日刊スポーツなどの報道では、入院から188日目の復帰として伝えられている。

その後も体重管理と生活改善を続け、東京を中心とした生活から和歌山を拠点とする活動へ移っていった。

【180kgから92kgへ】HIROの激痩せの理由とダイエット方法

HIROの体重変化は、安田大サーカスの活動を知る人にとっても大きな話題だった。2026年9月の『ナゼそこ?+』では、最高体重180kgから92kgまで減量した経験が紹介されている。

ただし、ここで押さえておきたいのは、92kgは減量した量ではなく、減量後に到達した体重だという点だ。

入院時140kgから92kgへ、48kgの減量

2026年のテレビ番組で紹介された経緯では、入院当時の体重は約140kg。和歌山へ戻った後、食事制限とウォーキングを組み合わせ、半年間で92kgまで減量したという。

つまり、この期間に減った体重は約48kgとなる。

一方、2017年の仕事復帰時には、入院時135kgから93.7kgになったと報道されている。また、2025年の本人インタビューでは、倒れた当時は約140kgで、退院後4か月ほどで93kgになったと説明していた。

取材時期や本人の回想によって期間・数値に差はあるが、入院前後に大幅な減量を経験したことは共通している。

食後のウォーキングを習慣化

HIROが取り組んだダイエット方法の中心は、食事の見直しと長時間のウォーキングだった。

2026年の番組では、1日6時間のウォーキングに取り組んだと紹介された。2025年のCHANTO WEBのインタビューでも、本人は当時の運動について具体的に語っている。

「朝・昼・晩とご飯を食べたあとに2時間歩きました。」

最初から長時間歩けたわけではなく、本人によると、当初は15分程度から始め、徐々に時間を延ばしていったという。

単純に歩くだけでは飽きるため、趣味の物件巡りも兼ねて外出するなど、楽しみを組み合わせていたことも特徴的だ。

食事量を減らし、野菜中心の食生活へ

食事面では、以前の暴飲暴食を見直した。

2024年のテレビ東京のインタビュー記事では、入院後に医師から1日1500kcalを目安とする食事指導を受けたことが紹介されている。

2025年の本人インタビューでは、食事量が以前より大幅に減り、コーヒーはブラックを選ぶようになったことや、白米を玄米に変えたことなども明かされた。

また、血糖値を意識して、食事では野菜を先に食べるようにしているという。

以前は野菜をあまり好んでいなかったHIROだが、自分で育てた野菜を食べるようになり、味のおいしさに気づいたと話している。

180kgと198kg、どちらが最高体重なのか

HIROの最高体重を調べると、180kgと198kgという二つの数字が登場する。

2026年9月の『ナゼそこ?+』では、体重のMAXを180kgと紹介。一方、2025年のCHANTO WEBの本人インタビューでは、東京にいたころのピークが198kgだったと語っている。

加えて、過去のインタビューでは中学生時代に198kgだったというエピソードも紹介されている。

それぞれの取材で取り上げられた時期や体重の説明が異なるため、180kgだけ、あるいは198kgだけを唯一の最高記録として扱うのは適切ではない。2026年の番組で紹介された180kgは、同番組が取り上げた過去の体重として理解したい。

【和歌山移住後の暮らし】家庭菜園・DIY・現在の健康状態

HIROが和歌山へ戻ったのは、脳出血による療養がきっかけだった。しかし、本人のインタビューを読むと、移住を決めた背景には以前から故郷へ帰りたいという気持ちもあった。

和歌山へ戻った理由は病気だけではない

2025年11月の文春オンラインのインタビューで、HIROは東京や大阪は仕事をするには便利だったものの、人が多すぎると感じていたことを明かした。

もともと人との接触が多い環境が得意ではなく、東京に住んでいたころから和歌山へ帰りたいと思っていたという。

そのため、2017年の病気は、以前から考えていた故郷への帰還を実行する大きな転機になった。

本人は2026年9月17日のInstagramでも、和歌山での生活について次のように伝えている。

「来年で和歌山に戻って10年になります」

この投稿から、2027年に和歌山へ戻って10年を迎えることが分かる。2026年11月現在、移住生活は約9年にわたる。

家庭菜園では年間約30種類の野菜を栽培

和歌山での暮らしを象徴する趣味が家庭菜園だ。

2026年9月17日の『ナゼそこ?+』では、HIROが野菜作りを学びながら、年間約30種類の野菜を育てていることが紹介された。

2026年9月18日には、本人がInstagramで畑の様子を公開。成長中のさつまいもについて「育ってますなぁ」と紹介し、10月ごろの収穫を楽しみにしている様子を伝えた。

また、パプリカも育てており、赤や黄色の実が成長する様子を投稿している。9月27日のめざましmediaも、この家庭菜園の様子を取り上げた。

過去の本人インタビューでは、芋、大根、ピーマン、かぼちゃ、キャベツ、レタス、とうもろこしなどを育てていると説明していた。

自分で育てた野菜を食べることが、以前の食生活を見直すきっかけにもなっている。単なる趣味ではなく、健康管理と日々の楽しみが結びついた生活スタイルだ。

DIYや車・バイクも楽しむ生活

HIROの和歌山暮らしは、畑仕事だけではない。

2025年のCHANTO WEBのインタビューでは、中古住宅を2軒購入し、自分でシャワールームやキッチン、トイレなどをDIYしたことも紹介されている。

また、車やバイクも趣味の一つ。所属事務所のプロフィールにも、小型船舶2級や車、バイクなどが特技・趣味として掲載されている。

こうした趣味をYouTubeでも発信しており、地元のグルメや観光、日常の出来事などを紹介する活動につながっている。

現在の健康状態は?血圧の薬は継続

HIROの健康状態について、本人の発言で参考になるのが2025年11月の文春オンラインのインタビューだ。

HIROは、和歌山へ戻ってから約2年間インスリン注射を続けていたが、減量や生活改善によって血糖値が下がり、現在は注射を使わずに済んでいると説明した。

一方、血圧については、現在も少し高いため薬を服用していると明かしている。取材前日の血圧は、薬を飲んだ状態で上が130、下が70だったという。

2026年にはテレビ出演やラジオの放送も確認でき、芸能活動を継続している。ただし、仕事に復帰していることと、病気のリスクが完全になくなったことは同じではない。

2026年11月時点で、最新の詳細な検査結果や医師による健康状態の公表は確認できない。本人が過去の取材で明かした血圧管理の状況と、現在の活動状況を分けて理解することが大切だ。

【プロの結論】HIROの変化は体重だけでは測れない

安田大サーカスHIROの2017年から2026年までを振り返ると、最も大きな変化は単純な体重の減少ではなく、生活の優先順位が変わったことにある。

以前は大食いや豪快な体格が芸人としてのキャラクターを形作っていた。しかし、脳出血を経験したことで、食事、運動、仕事、住む場所まで見直すことになった。

特に注目したいのは、和歌山移住によって仕事の内容まで変化した点だ。

東京ではトリオでの出演が中心だったが、和歌山では自分自身が話し、地域の人と交流する仕事が増えた。本人もインタビューで、話す機会が増えたことが経験になっていると説明している。

つまり、HIROは病気をきっかけに活動を縮小したのではなく、仕事の場所と内容を組み替えたのである。

また、92kgまで減量したことだけを成功の基準にするのも正確ではない。2025年のインタビューでは、本人が理想の体重を115kgと話しており、松竹芸能の公開プロフィールには120kgと掲載されている。

減量の成果を一時的な最低体重だけで判断するのではなく、その後の体調管理や仕事、暮らしを含めて評価する必要がある。

HIROのケースから読み取れるのは、芸能人の健康変化を扱う際には、過去の最高体重、入院時の体重、減量後の最低体重、現在のプロフィール数値を混同しないこと。そして、本人の発言と所属事務所・テレビ局の公表情報を組み合わせて、現在の姿を立体的に理解することだ。

【安田大サーカスHIROの現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:安田大サーカスHIROは2026年現在、何をしている?
A1:安田大サーカスとしての芸能活動を続けながら、テレビ和歌山の『わかラ部』や和歌山放送の『安田大サーカスHIROの男じゅく。』などに出演している。YouTubeや地元の魅力を紹介する仕事、家庭菜園などにも取り組んでいる。

Q2:HIROは2017年にどんな病気になった?
A2:2017年6月16日に強い頭痛と嘔吐を訴え、病院で高血圧による左脳室内出血と診断された。約1か月の入院を経て7月12日に退院し、和歌山で療養した。

Q3:HIROは180kgから92kgまで痩せたの?
A3:2026年のテレビ番組では最高体重180kg、減量後92kgと紹介された。入院時の約140kgから92kgになった場合、減量幅は48kgとなる。92kgは減量した量ではなく、到達した体重だ。

Q4:HIROの現在の体重は何kg?
A4:松竹芸能の公式プロフィールには120kgと掲載されている。2025年の本人インタビューでは理想の体重を115kgと話していた。92kgは過去の減量時に到達した数値であり、2026年現在の実測体重を示すものではない。

Q5:HIROは現在も病気の治療をしている?
A5:2025年の本人インタビューでは、血糖値が下がってインスリン注射は不要になった一方、血圧を下げる薬は服用していると説明していた。2026年11月時点の最新の検査結果は公表されていない。

Q6:HIROはなぜ和歌山へ移住した?
A6:2017年の脳出血後、療養のため故郷へ戻ったことが直接のきっかけ。本人は以前から東京の人の多さが苦手で、和歌山に帰りたいと思っていたこともインタビューで明かしている。

まとめ:安田大サーカスHIROは和歌山を拠点に新しい人生を歩んでいる

安田大サーカスHIROは、2017年の左脳室内出血をきっかけに生活を大きく変えた。入院時約140kgから92kgまで減量し、故郷の和歌山へ戻って健康管理に取り組んできた。

2026年現在は49歳。テレビ和歌山や和歌山放送での仕事、安田大サーカスとしての活動、YouTube、家庭菜園など、複数の分野で活動している。

また、2026年9月の『ナゼそこ?+』では、和歌山での暮らしや過去の病気、減量の経緯が改めて紹介された。本人も2027年に和歌山へ戻って10年になると明かしており、故郷での生活が長く続いていることが分かる。

HIROの現在を理解するうえで大切なのは、92kgという過去の最低体重だけに注目しないことだ。病気からの回復、継続的な健康管理、地域に根差した仕事、家庭菜園を楽しむ日常まで含めて見ると、2017年を境に人生の方向性そのものが変わったことが分かる。

かつての豪快な芸人キャラクターを残しながら、和歌山で自分らしい働き方と暮らしを築いている。それが2026年現在の安田大サーカスHIROの姿である。

主な確認資料:松竹芸能公式プロフィール・2017年休養発表、テレビ東京の2026年9月放送情報、2026年のオリコン・ENCOUNT報道、2025年の文春オンライン・CHANTO WEB本人インタビュー、2026年11月のradiko放送情報。

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