LUNA SEAやX JAPANのギタリストとして知られるSUGIZO。現在はギタリスト、ヴァイオリニスト、作曲家、音楽プロデューサーとして幅広く活動していますが、若い頃はどのような人物だったのでしょうか。実は、3歳からバイオリンを習い始め、学生時代にはYMOやJAPAN、デヴィッド・ボウイなどに影響を受け、独自の音楽性を育てていました。
1989年のLUNACY(現LUNA SEA)での活動開始、1992年のメジャーデビュー、1997年のソロデビュー、そして2009年のX JAPAN正式加入まで、その歩みには興味深い転換点があります。若い頃の写真や髪型、メイクの変遷にも触れながら、2026年11月現在の活動まで時系列で詳しく紹介します。
【若い頃のSUGIZO】どんな人物だった?現在との違いを解説

SUGIZOは、若い頃から音楽性とファッションの両面で強い個性を持っていたミュージシャンです。
LUNA SEAが活動を本格化させた1980年代後半から1990年代初頭にかけては、鋭く個性的なヘアスタイルやメイク、独特の衣装が印象的でした。ステージ上ではギターだけでなくバイオリンも演奏し、一般的なロックギタリストとは異なる存在感を放っていました。
また、単に派手なビジュアルを追求していたわけではありません。クラシック音楽を基礎に持ちながら、ニューウェーブ、パンク、電子音楽、サイケデリックなどを取り入れる姿勢が、若い頃からの特徴でした。
音楽メディアのインタビューでも、本人は幼少期からのクラシック教育と、その後に出会ったロックや電子音楽について振り返っています。異なるジャンルを組み合わせる感覚は、後のソロ活動にもつながっています。
つまり、現在のSUGIZOの音楽性は、LUNA SEAで突然生まれたものではありません。幼少期のクラシック教育と、思春期に出会った多様な音楽文化が重なって形成されたものです。
【幼少期】3歳から始めたバイオリンと音楽家の両親
SUGIZOの若い頃を理解するうえで欠かせないのが、幼少期のバイオリン経験です。
両親はオーケストラの音楽家
SUGIZOは音楽家の家庭に生まれ、両親はクラシック音楽に携わっていました。本人のインタビューによると、最初に触れた楽器はバイオリンで、3歳から演奏を始めています。
両親による音楽教育はかなり厳格だったといいます。特に幼い頃は、演奏を間違えると叱られるなど、本人にとってバイオリンの練習は楽しいものではありませんでした。
2009年のライトハウスのインタビューでは、幼少期のバイオリン教育について、低学年の頃までは苦しく、音楽そのものを嫌いに感じていた時期があったと振り返っています。
しかし、こうした経験が後の音楽活動における基礎になりました。
9〜10歳頃に芽生えた作曲への興味
転機となったのは9〜10歳頃です。
それまでは与えられた曲を演奏することが中心でしたが、次第に自分で音楽を作りたいという気持ちが生まれました。演奏するだけでなく、音楽を生み出す側に関心が移っていったのです。
この変化は、現在のSUGIZOを考えるうえでも重要です。
彼はLUNA SEAでギターやバイオリンを演奏するだけでなく、数多くの楽曲で作曲にも携わっています。ソロ活動では電子音楽やアンビエントなど、バンドの枠を超えた表現にも挑戦しています。
幼少期に培ったクラシックの基礎と、早い段階で芽生えた作曲への関心が、その後の多面的な活動を支えているのです。
バイオリン以外にトランペットも経験
SUGIZOはバイオリンだけでなく、トランペットにも親しんでいました。
トランペットは父親の専門楽器でもあり、小学校の鼓笛隊をきっかけに演奏するようになったと、2021年のトランペット専門メディアのインタビューで語っています。
中学時代にはジャズへの関心も強まり、高校時代にはマイルス・デイヴィスに強い影響を受けたそうです。
ギターだけにとどまらず、複数の楽器や音楽ジャンルに接してきたことが、現在の独特なサウンドにつながっています。
【学生時代】YMOやJAPANとの出会い、真矢とのバンド活動
SUGIZOの音楽人生が大きく動いたのは、中学時代から高校時代にかけてです。
YMOや忌野清志郎、坂本龍一が音楽観を変えた
クラシック音楽を中心に育ったSUGIZOにとって、ロックや電子音楽との出会いは大きな刺激でした。
本人がライトハウスのインタビューで振り返ったところによると、中学生の頃、忌野清志郎と坂本龍一による楽曲「い・け・な・いルージュマジック」に衝撃を受け、その後YMOやRCサクセションに夢中になったといいます。
加えて、英国のバンドJAPANやデヴィッド・ボウイ、ロンドンのパンクシーンなども、彼の音楽的な土台を形づくりました。
2022年のEnVi Mediaのインタビューでも、SUGIZOは高校1年生の頃にYMOとJAPANに強く影響を受け、音楽を職業にしようと決意した経緯を語っています。
特にJAPANのボーカリストだったデヴィッド・シルヴィアンの音楽は、長く愛聴している重要なルーツです。
2025年のYamaha Music Connectのインタビューでは、デヴィッド・シルヴィアンのアルバム『Gone to Earth』についても言及しています。高校2年生の頃に出会った作品で、アンビエント的な音楽性を形成する重要な存在だったと振り返っています。
こうした影響を整理すると、SUGIZOの音楽的ルーツは大きく次のように分類できます。
- クラシック:バイオリン教育による音楽理論や演奏の基礎。
- 電子音楽:YMOから受けたシンセサイザーや音響表現への関心。
- ニューウェーブ:JAPANやデヴィッド・シルヴィアンから受けた影響。
- ロック:デヴィッド・ボウイやRCサクセションなどから得た表現の自由さ。
- ジャズ:マイルス・デイヴィスなどから学んだ即興性や音楽的な広がり。
高校時代に真矢とバンドを結成
高校時代には、実際にロックバンドで演奏するようになります。
ライトハウスのインタビューによると、最初は高校の先輩が組んでいたバンドに参加。その後、高校2年生頃から自分でメンバーを集め始めました。
この時期から一緒に活動していたのが、後にLUNA SEAのドラマーとなる真矢です。
2人は同じ高校に通っており、学生時代から音楽活動をともにしていました。
その後、別の高校でバンド活動をしていたINORANとJに出会い、さらにライブハウスでRYUICHIと知り合います。
こうして、それぞれ異なる環境で音楽活動をしていた5人がつながっていきました。
興味深いのは、最初から完成されたバンドを組んでいたわけではない点です。学校の仲間やライブハウスでの交流を通じてメンバーが結びつき、後のLUNA SEAへと発展していきました。
【年表・関係性】LUNACY加入からLUNA SEAのメジャーデビューまで
SUGIZOの若い頃の経歴を理解するには、学生時代から1990年代の活動を時系列で整理すると分かりやすくなります。
特に重要なのが、1989年のLUNACYとしての活動開始と、1992年のアルバム『IMAGE』によるメジャーデビューです。
SUGIZOの主要な経歴と音楽的な関係者
| 時期 | 出来事 | 関係者・意味 |
|---|---|---|
| 3歳頃 | バイオリンを始める | 音楽家の両親からクラシック教育を受ける |
| 中学時代 | ロックや電子音楽に傾倒 | YMO、RCサクセション、JAPANなど |
| 高校時代 | バンド活動を本格化 | 真矢と活動。INORAN、Jとも交流 |
| 1989年 | LUNACYとして活動開始 | RYUICHI、SUGIZO、INORAN、J、真矢の5人 |
| 1992年5月21日 | アルバム『IMAGE』でメジャーデビュー | MCAビクターから発売 |
| 1997年7月9日 | ソロ1stシングル『LUCIFER』発売 | ソロアーティストとしての活動を展開 |
| 2009年5月 | X JAPANに正式加入 | YOSHIKI、TOSHIらと活動 |
| 2026年 | ソロツアーやLUNA SEAの活動を継続 | 新たなライブや音楽プロジェクトに参加 |
1989年、LUNACYとして活動を開始
LUNA SEAの公式バイオグラフィーによると、1989年、RYUICHI、SUGIZO、INORAN、J、真矢の5人が町田プレイハウスを拠点にライブ活動を開始しました。
当時のバンド名表記はLUNACYです。
学生時代から積み重ねてきた音楽仲間との関係が、ここでひとつのバンドとして形になりました。
その後、1990年にはLUNACYからLUNA SEAへと名称を変更。ライブ活動を重ねながら、独自の音楽性とビジュアルを確立していきます。
1992年5月21日、アルバム『IMAGE』でメジャーデビュー
大きな転換点となったのが、1992年5月21日です。
LUNA SEAはMCAビクターから1stアルバム『IMAGE』を発売し、メジャーデビューを果たしました。
同作には「Déjàvu」「WALL」「MOON」「WISH」などが収録されています。SUGIZOが作曲を担当した楽曲も複数あり、ギタリストとしてだけでなく、バンドの音楽性を作る重要な存在だったことが分かります。
オリコンの記録では、アルバム『IMAGE』は初登場9位を記録しています。インディーズ時代から積み重ねたライブ活動が、メジャーシーンへの進出につながったのです。
【昔の写真・髪型・メイク】若い頃のSUGIZOはどう違った?
「SUGIZO 若い頃の画像」「SUGIZO 昔の写真」という検索が多い背景には、現在とは異なる1990年代のビジュアルへの関心があります。
若い頃は逆立てた髪型とメイクが特徴
若い頃のSUGIZOは、ロックミュージシャンらしい個性的なヘアスタイルやメイクを取り入れていました。
女性自身の2019年のインタビュー記事では、高校時代のSUGIZOについて、髪を逆立て、メイクをして登校していたというエピソードが紹介されています。
当時から、周囲に合わせるよりも自分の感性を大切にする姿勢がうかがえます。
LUNA SEAの初期には、メンバーそれぞれが強烈な個性を持ったビジュアルを打ち出していました。SUGIZOもその一人で、髪型や衣装、メイクを含めて音楽表現の一部として取り入れていました。
昔と現在のメイクは何が違う?
若い頃と現在を比較する場合、単純にメイクが濃いか薄いかだけで判断するのは適切ではありません。
1990年代のLUNA SEAでは、バンド全体の世界観を視覚的に伝えるため、ヘアスタイルやメイク、衣装が強く打ち出されていました。
一方、現在のSUGIZOはソロ活動、LUNA SEA、X JAPANなど、出演するプロジェクトによって表現の方向性が異なります。
音楽やライブのコンセプトに合わせて装いを変えるため、現在の姿をひとつのメイクスタイルに固定することはできません。
昔と現在の写真を比較する際には、ステージ写真と日常的なポートレートを分けて見ることが大切です。
若い頃の写真を探すならどこを見る?
昔のSUGIZOの写真を探している人には、公式のアーティスト写真やLUNA SEAの過去のライブ写真、当時の音楽雑誌などが参考になります。
また、講談社から刊行された2011年の書籍『SUGIZO―音楽に愛された男。その波乱の半生』の紹介文には、幼少期や学生時代の仲間とバンド活動を始めた頃の写真が16ページにわたって初掲載されたと記載されています。
そのため、単なるステージ衣装の比較だけでなく、少年時代からミュージシャンとして成長していく過程を知る資料としても注目できます。
写真を比較するときは、撮影年代、所属バンド、ライブや雑誌撮影などの掲載場面を確認すると、髪型やメイクの変化をより正確に理解できます。
【ソロデビュー・X JAPAN加入】1997年から2009年までの転換点
LUNA SEAでの成功後も、SUGIZOはバンドの活動だけにとどまりませんでした。
1997年、ソロ1stシングル『LUCIFER』を発売
1997年7月9日、SUGIZOはソロ1stシングル『LUCIFER』を発売しました。
発売元はポリドールです。オリコンの作品情報によると、同作は最高8位を記録し、4週間にわたってランキングに登場しました。
この作品は、LUNA SEAとは異なる個人の音楽的な方向性を示す重要な出発点です。
その後のソロ活動では、エレクトロニックミュージックやアンビエント、サイケデリックなど、幅広いジャンルを取り入れていきました。
2009年、X JAPANの正式メンバーに
次の大きな転換点は2009年です。
SUGIZOは2008年のX JAPAN再結成後のライブにサポートメンバーとして参加していましたが、2009年5月1日、正式加入が発表されました。
加入にあたっては、故hideの存在や意思を大切にしたいという思いも示しています。
日刊スポーツや音楽メディアの報道によると、正式加入後はLUNA SEAとX JAPANを兼務する形で活動することになりました。
異なる音楽性を持つ2つの大きなバンドに参加することは、SUGIZOの演奏者としての幅広さを示す出来事でもありました。
ギターに加えてバイオリンも演奏できること、クラシックや電子音楽への理解があることは、X JAPANの音楽表現においても独自の強みになっています。
【2026年最新】SUGIZOの現在は?ソロ・LUNA SEAの活動
2026年11月現在、SUGIZOは過去の実績にとどまらず、ソロアーティストとしてもLUNA SEAのメンバーとしても活動を続けています。
SUGIZO TOUR 2026を開催
SUGIZOの公式サイトでは、2026年のソロツアー「THE ASCENSION TO THE NEXT ERA」が発表されています。
公演日程は次の3公演です。
- 11月14日:石巻BLUE RESISTANCE
- 11月23日:京都FUN J
- 11月26日:Zepp Shinjuku
公式発表によると、今回のツアーはSUGIZO : COSMIC DANCE SEXTET名義で開催されます。京都ではソロライブの初開催も予定され、東京公演がツアーファイナルとなります。
2026年の活動を象徴するプロジェクトのひとつです。
LUNA SEAも2026年の全国ツアーを展開
LUNA SEAも2026年に「UNENDING JOURNEY」ツアーを開催しています。
公式発表では、5月29日の秦野公演を皮切りに全国22都市33公演のツアーが告知されました。
また、5月29日には新曲「FOREVER」も発売されています。
加えて、2026年12月には「UNENDING JOURNEY -TO RISE-」として、神戸ワールド記念ホールと有明アリーナでの追加公演が予定されています。
このように、SUGIZOはソロとバンドの両方で大規模な音楽活動に携わっています。
音楽以外にも広がる活動領域
ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式プロフィールでは、SUGIZOは作曲家、ギタリスト、ヴァイオリニスト、音楽プロデューサーとして紹介されています。
映画や舞台のサウンドトラック制作に加え、2020年にはサイケデリック・ジャムバンドSHAGを再始動。2022年には、環境への配慮とファッションを融合させたアパレルブランド「THE ONENESS」を始動しました。
また、平和活動、人権・難民支援、再生可能エネルギー、環境活動、被災地支援などにも取り組んでいます。
幼少期のクラシック教育から始まり、ロック、電子音楽、社会活動へと広がったSUGIZOの歩みは、単なるバンドマンという枠では捉えきれません。
【SUGIZOの若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:SUGIZOは何歳からバイオリンを始めた?
A1:3歳からです。音楽家だった両親のもとでクラシック音楽の教育を受けました。幼少期は厳しい練習を苦手に感じていましたが、9〜10歳頃から自分で音楽を作ることに興味を持ち始めました。
Q2:SUGIZOがLUNACYに加入したのは何年?
A2:1989年です。RYUICHI、INORAN、J、真矢とともに5人編成で活動を開始しました。当時はLUNACYという表記で、1990年にLUNA SEAへと名称を変更しています。
Q3:SUGIZOの若い頃の髪型やメイクは現在と違う?
A3:若い頃は髪を逆立てたスタイルやメイクが印象的でした。女性自身のインタビューでも、高校時代から髪型やメイクに個性を出していたことが紹介されています。現在はライブやプロジェクトのコンセプトによって装いが異なります。
まとめ:SUGIZOの若い頃を知ると現在の音楽性が見えてくる
SUGIZOの若い頃を振り返ると、現在の独自の音楽性が長い時間をかけて形成されてきたことが分かります。
3歳から始めたバイオリンによってクラシックの基礎を身につけ、中学時代にはYMOやRCサクセション、JAPANなどに影響を受けました。高校時代には真矢らとバンド活動を始め、1989年にはLUNACYとして本格的なライブ活動を開始しています。
1992年のLUNA SEAメジャーデビュー、1997年のソロデビュー、2009年のX JAPAN加入と、キャリアの節目ごとに新たな表現の場を広げてきました。
若い頃の写真に見られる個性的な髪型やメイクも、単なるファッションではなく、自分の音楽を視覚的にも表現しようとする姿勢の一部だったと考えられます。
2026年もソロツアーやLUNA SEAの活動が続いており、その表現は現在進行形です。SUGIZOの若い頃を知ることは、懐かしい姿を振り返るだけでなく、なぜ彼がギターとバイオリンを融合させ、ジャンルにとらわれない音楽を追求し続けるのかを理解する手がかりになります。
3歳から始まった音楽人生は、現在も新しい表現へとつながっています。
主な参照資料・事実確認に使用した公開情報
- Yamaha Music Connect「今月の音遊人:SUGIZOさん」
- ライトハウス「SUGIZO / ミュージシャン」
- 女性自身「SUGIZO『居場所を探して…』紛争地や難民キャンプへ赴く理由」
- LUNA SEA公式BIOGRAPHY
- ユニバーサル ミュージック ジャパン公式プロフィール
- ORICON NEWS「LUCIFER」作品情報
- SUGIZO公式サイト・2026年公演情報
- 日刊スポーツ「SUGIZOがX JAPANに正式加入」