櫻井翔さんが卒業した大学は、慶應義塾大学経済学部です。入学は2000年4月、卒業は2004年3月。大学在学中には嵐としての音楽活動だけでなく、テレビ出演や俳優業にも取り組んでいました。
卒業を裏付ける重要な資料が、慶應義塾の公式広報媒体『三田評論オンライン』です。2020年5月15日に掲載された本人インタビューでは、櫻井さんのプロフィールが「経済学部卒業」「塾員(2004 経)」と紹介されています。
加えて、2021年11月20日掲載の慶應塾生新聞の特別インタビューでも、慶應義塾大学経済学部を2004年に卒業した経歴が明記されています。大学名や学部、卒業年については、本人の母校が発信する資料と大学関係者による取材記事の双方で確認できます。
櫻井翔の大学プロフィール
大学名慶應義塾大学

Keio University
学部
経済学部
入学
2000年4月
卒業
2004年3月
卒業区分
2004年経済学部卒
在籍期間
4年間
なぜ経済学部に進学したのか
櫻井さんは、慶應義塾高校から大学へ進学しています。幼稚舎から続く慶應義塾での学生生活を大学でも継続する形でした。
大学進学時には、すでに嵐としての活動が始まっていました。1999年11月3日に「A・RA・SHI」でCDデビューし、その翌年の2000年4月に大学へ進学しています。
当時の櫻井さんにとって、大学進学は単に学歴を得るための選択ではありませんでした。芸能活動を続けながら学生としての責任を果たすことが、周囲に自分の活動を認めてもらうためにも必要だったと、後年のインタビューで振り返っています。
特に印象的なのは、大学進学時に両親から留年した場合の学費について条件を伝えられていたという話です。本人はその言葉を、留年すれば芸能活動を続けられないという意味だと受け止めていたと明かしています。
【櫻井翔の学歴】慶應義塾幼稚舎から大学まで16年間の経歴
櫻井翔さんの学歴の特徴は、小学校から大学まで慶應義塾で学んできたことです。
慶應義塾幼稚舎に入学し、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部へ進学しました。本人も2021年の慶應塾生新聞のインタビューで、幼稚舎から16年間慶應に通ったことを振り返っています。
櫻井翔の学歴年表
出典:慶應義塾『三田評論オンライン』、慶應塾生新聞、日刊スポーツなどの公開情報をもとに整理。
慶應義塾幼稚舎は幼稚園ではなく小学校
櫻井翔さんの学歴を調べる際に、意外と間違えやすいのが「幼稚舎」という名称です。
慶應義塾幼稚舎は幼稚園ではなく、小学校に相当する教育機関です。そのため、櫻井さんは幼稚園から慶應に通っていたという意味ではありません。
幼稚舎から普通部、高等学校、大学へと進んだ一貫した経歴が、16年間という長い在籍期間につながっています。
中学時代から芸能活動を開始していた
櫻井さんは慶應義塾普通部の2年生だった頃から芸能活動を始めています。大学入学後に突然芸能界へ進んだわけではなく、学生生活と仕事の両立は中学生時代からの課題でした。
慶應義塾の『三田評論』に掲載されたインタビューでは、本人が高校時代の仕事について具体的に説明しています。
1999年11月、嵐がワールドカップバレーボール大会のイメージキャラクターを務めた際、櫻井さんは高校の授業に最後まで出席してから、新横浜を出発。仙台、大阪、名古屋などの会場へ移動して仕事をし、深夜または翌朝に戻って学校へ向かっていたそうです。
テレビ出演と翌朝の授業を並行する生活は、当時から始まっていました。本人は学校側の理解があったことにも感謝しています。
【留年なし卒業は本当?】櫻井翔の首席卒業説を検証
櫻井翔さんの大学に関する検索で、特に多くの関心を集めるのが「留年せずに卒業したのか」「慶應を首席で卒業したのか」という2つの疑問です。
この2つは、同じように扱うべきではありません。留年せずに卒業したことは、母校の公式媒体に掲載されたインタビューで確認できます。一方、首席卒業については、大学が公表した順位や本人の発言による裏付けがありません。
留年なしで卒業したことは確認できる
2020年の『三田評論』のインタビューでは、聞き手である慶應義塾の名誉教諭が、櫻井さんについて「大学まで16年で留年をせずに卒業した」と紹介しています。
それに対して櫻井さんは、学業をおろそかにしなかった理由を、自身の意地と周囲への責任感だったと説明しました。
「意地だったのが半分。もう半分は本当に友達に恵まれていました」
加えて、大学に進学する際には、両親から留年した場合の学費について条件を伝えられていたことも語っています。
2021年の慶應塾生新聞のインタビューでも、本人は留年せずに卒業することが芸能活動を認めてもらうために必要だったと説明しています。
首席卒業説は事実なのか
一方、櫻井翔さんが慶應義塾大学を首席で卒業したという話については、大学の公式プロフィールや本人の公開インタビューに、首席だったことを示す記載はありません。
慶應義塾の公式プロフィールで確認できるのは、経済学部卒業と2004年卒という情報です。成績順位や学部内での卒業順位は掲載されていません。
そのため、首席卒業という表現を確定した経歴として紹介するのは適切ではありません。
噂と確認できる事実の比較
| 話題 | 確認できる内容 | 判定 |
|---|---|---|
| 慶應義塾大学卒業 | 経済学部を2004年卒業 | 事実 |
| 2000年入学 | 2000年4月に進学 | 事実 |
| 留年なし | 母校のインタビューで明記 | 事実 |
| 首席卒業 | 公式な成績順位の公表なし | 未確認 |
| 幼稚舎から16年間在籍 | 母校の公式インタビューで本人が言及 | 事実 |
ここで押さえておきたいのは、難関大学を卒業したことと、学部内で首席だったことは別の情報だという点です。櫻井さんの学歴を評価するうえで、首席という未確認情報を付け加える必要はありません。
【嵐と大学生活の両立】櫻井翔が卒業できた3つの理由
櫻井翔さんが大学を4年間で卒業できた背景には、本人の努力だけでなく、学校側の理解や友人の支援、そして仕事に対する責任感がありました。
2020年と2021年の2つのインタビューを読み比べると、本人が考える両立の理由が具体的に見えてきます。
1.芸能活動を認めてもらうための責任感
櫻井さんが大学生活を振り返る際に繰り返し語っているのが、「意地」と「責任」です。
高校3年生で嵐としてデビューした当時、芸能活動を続けることに対して、周囲の大人が必ずしも肯定的だったわけではないと本人は振り返っています。
そこで櫻井さんが考えたのは、学生の本分である勉強をおろそかにしないことでした。
大学に入る際、両親からは留年した場合の学費について条件を提示されていました。本人はその言葉を重く受け止め、芸能活動を続ける以上、学校生活でも結果を出さなければならないと考えていたのです。
2021年の慶應塾生新聞のインタビューでも、本人は両立の理由を「意地・責任」と説明しています。
2.友人からの協力があった
もう一つ大きかったのが、大学時代の友人の存在です。
櫻井さんは慶應塾生新聞のインタビューで、授業のノートを友人に貸してもらっていたことや、数学が得意なクラスメイトに自宅で勉強を教えてもらったことを明かしています。
その友人は、自分も翌日に試験を控えていたにもかかわらず、櫻井さんに勉強を教えてくれたそうです。
本人は、こうした友人たちとの出会いを今でも大切な財産だと語っています。
このエピソードから見えてくるのは、櫻井さんの大学生活が、芸能活動だけで完結していたわけではないということです。授業に出席し、クラスメイトと関わり、友人に助けてもらいながら学生としての時間を過ごしていました。
3.大学1・2年生の頃は週6日通学していた
意外に知られていないのが、大学1・2年生の頃の通学状況です。
2021年の本人インタビューによると、当時は嵐の仕事が毎週決まった形で多く入っていたわけではなく、土曜日も含めて週6日大学に通っていたといいます。
入学して最初の1か月ほどは、キャンパス内で櫻井さんを見に来る学生もいたそうですが、毎日のように通学するうちに、特別な存在として扱われることも少なくなっていったと振り返っています。
母校の公式インタビューでも、大学1年生のときは月曜日から土曜日まで授業を取っていたと語っています。
大学に通う時間をしっかり確保し、友人と交流する環境があったことも、卒業までの大きな支えになったと考えられます。
【大学時代のエピソード】試験・ドラマ・早慶戦で見せた学生生活
櫻井翔さんの大学時代には、忙しい芸能活動だけでは説明できない、学生らしい思い出も数多くあります。
本人が母校のインタビューで語った内容からは、試験に追われる日々、友人との交流、大学のイベントへの参加など、一般の学生と共通する一面が伝わってきます。
初主演ドラマと大学の試験が重なった
大学生活の中でも特に大変だった出来事として、櫻井さんは大学3年生の後期試験と、初めての連続ドラマ主演が重なったことを挙げています。
母校の『三田評論』でのインタビューでは、仕事と試験が完全に重なり、相当大変だったと振り返っています。
2021年の慶應塾生新聞のインタビューでは、大学4年生のときにも主演ドラマと後期試験が重なり、1週間で8時間も眠れないほどだったと語っています。
本人にとっては厳しい経験でしたが、その時期を乗り越えたことが、その後の忙しい仕事にも対応できる自信につながったそうです。
早慶戦では友人と一緒に応援
大学時代の思い出として興味深いのが、早慶戦でのエピソードです。
櫻井さんは、友人たちと学生応援席で観戦していたことを母校のインタビューで振り返っています。応援に行った理由の一つは、友人の彼女がチアリーダーだったからだそうです。
テレビの中では多くの人から注目されるアイドルでありながら、大学では友人と一緒に学生生活を楽しんでいたことが分かります。
ダンスサークルJADEとの交流
櫻井さんは慶應義塾大学のダンスサークルJADEとも、卒業後に交流がありました。
本人は、卒業してからも知り合いの後輩がいたため、JADEの公演をよく見に行っていたと語っています。
あまりにも頻繁に公演を訪れていたため、後輩から自分もJADEのメンバーだったと思われたことがあったそうです。しかし、本人はサークルに所属していたわけではありません。
このエピソードは、慶應時代のつながりが卒業後も続いていたことを示しています。
卒業式では母親と記念写真
2004年3月の卒業式についても、印象的なエピソードが残っています。
2017年の『VS嵐』で櫻井さんが語った内容をデイリースポーツが報じています。それによると、卒業式には大勢の報道陣が集まり、会見も行われたため、両親と一緒に記念写真を撮ることができなかったそうです。
そこで櫻井さんは、誰もいなくなった校舎で母親と2人で写真を撮った思い出を語っています。
華やかな卒業式の舞台裏にあった、家族との静かな時間。16年間通った母校を離れる節目として、印象深い出来事だったことが伝わります。
【大学卒業後のキャリア】慶應での経験はキャスター業にもつながった
櫻井翔さんの大学卒業は、芸能活動に専念できるようになったというだけでなく、その後の仕事の方向性にも影響を与えています。
特に注目したいのが、2006年に始まったニュースキャスターとしての活動です。
2001年の同時多発テロがキャスターを意識するきっかけに
慶應義塾の『三田評論』に掲載された本人インタビューでは、ニュースキャスターを志すきっかけの一つとして、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを挙げています。
世界で何が起きているのか、なぜそのような事件が起きたのかを知りたいと思い、自分の知識不足を感じて調べ始めたことがきっかけだったそうです。
もう一つの理由として、慶應義塾大学を卒業した経験を芸能活動に還元できないかと考えたことも語っています。
2006年には日本テレビ系の『NEWS ZERO』で月曜キャスターに就任。大学での経験を、音楽や演技とは異なる報道の仕事に生かす道が始まりました。
キャスターとして大切にしている役割
櫻井さんは同じインタビューで、キャスターの仕事について、自分の主張を一方的に伝える立場ではなく、人々の声を視聴者につなぐ役割だと説明しています。
特に被災地の取材では、被災者の声を多くの人に届けることを大切にしていると語りました。
この姿勢には、大学卒業後に身につけた知識を一方的に披露するのではなく、現場に足を運び、人の話を聞いて伝えるという考え方が表れています。
櫻井さんの学歴が注目される理由は、慶應義塾大学という大学名だけではありません。学生時代の経験を、その後の仕事にどう結びつけていったのかという点にもあります。
【2026年最新】櫻井翔の大学・学歴に関するよくある質問(FAQ)
Q1:櫻井翔の大学はどこですか?
A1:慶應義塾大学です。経済学部に所属し、2000年4月に入学、2004年3月に卒業しています。
Q2:櫻井翔は慶應義塾大学を首席で卒業したのですか?
A2:首席卒業を裏付ける大学の公式発表や本人の公表は確認できません。経済学部卒業と2004年卒であることは、慶應義塾の公式媒体で確認できます。
Q3:櫻井翔は大学を留年しましたか?
A3:留年せずに卒業しています。2020年の『三田評論』のインタビューでは、幼稚舎から大学まで16年間、留年せずに卒業したことが紹介されています。
Q4:櫻井翔は小学校から慶應ですか?
A4:はい。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部に進学しています。
Q5:櫻井翔が嵐と大学生活を両立できた理由は何ですか?
A5:本人は「意地」と「責任」を挙げています。加えて、友人がノートを貸してくれたり、勉強を教えてくれたりしたこと、大学に週6日通うなど学業を大切にしていたことも支えになりました。
Q6:櫻井翔は大学時代にどんなサークルに所属していましたか?
A6:本人は慶應のダンスサークルJADEの公演を卒業後もよく見に行っていたと話しています。ただし、本人はJADEの所属メンバーではありません。
Q7:櫻井翔は大学卒業後、いつキャスターになりましたか?
A7:2006年に日本テレビ系のニュース番組『NEWS ZERO』の月曜キャスターに就任しました。本人は2001年の同時多発テロなどをきっかけに、ニュースへの関心を深めたと語っています。
まとめ:櫻井翔の大学は慶應義塾大学経済学部!学歴以上に注目したい努力と責任感
櫻井翔さんの大学は、慶應義塾大学経済学部です。2000年4月に入学し、2004年3月に卒業。慶應義塾幼稚舎から大学まで16年間にわたって学び、嵐としての活動を続けながら留年せずに卒業しました。
首席卒業説については、大学の公式な成績順位や本人の発言による裏付けがなく、確定情報として扱うことはできません。一方、留年なしで卒業したことや、大学時代に仕事と勉強を両立していたことは、母校の公式インタビューから確認できます。
今回の経歴で特に印象的なのは、櫻井さん自身が両立の理由を、単なる才能や学力ではなく「意地」と「責任」、そして友人の支えに求めている点です。
大学1・2年生の頃は週6日通学し、友人と授業を受け、早慶戦を楽しむ。一方で、ドラマ主演と試験が重なれば睡眠時間を削って乗り越える。そうした経験が、卒業後のキャスター業や幅広い活動を支える土台になったことがうかがえます。
櫻井翔さんの学歴を知るうえで大切なのは、慶應義塾大学卒業という肩書きだけではありません。学生としての責任を果たしながら、嵐としての活動も諦めなかった16年間の歩みこそ、現在まで続くキャリアを理解する重要な手がかりです。
2026年時点でも、2000年入学・2004年卒業という経歴と、本人が語った大学時代のエピソードは、慶應義塾の公式媒体や本人インタビューによって確認できる情報です。