中村海斗は、広島県出身の長距離ランナーです。2004年5月10日生まれで、2026年11月現在は22歳。中学から陸上競技に取り組み、広島県の名門・世羅高校を経て青山学院大学に進学しました。
日刊スポーツの選手紹介と青山学院大学陸上競技部の公式部員紹介をもとに、基本プロフィールをまとめます。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 中村海斗(なかむら・かいと) |
| 生年月日 | 2004年5月10日 |
| 年齢 | 22歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 広島県 |
| 出身中学 | 因島南中学校 |
| 出身高校 | 世羅高校(広島県) |
| 大学 | 青山学院大学 |
| 学部 | コミュニティ人間科学部 |
| 学年 | 4年生 |
| 所属 | 青山学院大学陸上競技部・長距離ブロック |
| 役職 | 男子駅伝主将 |
| 身長・体重 | 168cm・53kg |
青山学院大学の公式部員紹介でも、男子4年生の主将として掲載されています。競技記録だけでなく、チームの運営を担う学生リーダーという立場も、2026年の中村を理解するうえで欠かせない要素です。
【世羅高校時代の経歴】サッカー少年が陸上に転向した理由

中村海斗の競技人生を振り返ると、最初から陸上選手を目指していたわけではありません。
むしろ、本人は長距離走が苦手で、幼少期からサッカーに打ち込んでいました。
5歳からサッカーを始め、中学で陸上と出会う
2026年10月に公開されたRed Bullのインタビューによると、中村がサッカーを始めたのは5歳の頃です。
当時の夢はプロサッカー選手。クラブチームでの練習や試合に多くの時間を費やしていました。
陸上競技を始めたのは中学1年生のときです。
きっかけはサッカークラブのコーチからの勧めでした。サッカーに必要な体力をつける目的で、中学校の陸上部にも入ることになったのです。
本人にとって、当初の陸上はあくまでサッカーの補助的な活動でした。
しかし、中学3年生の夏に転機が訪れます。
高校進学を考える時期に陸上の県大会を控えていた中村は、両親の勧めもあり、大会までの数週間、本格的に練習に取り組みました。
その結果は、県大会2位。
十分な練習を積んでいなかったにもかかわらず好成績を残したことで、陸上選手としての可能性を強く意識するようになりました。
陸上部の顧問からも強豪校で活躍できる実力を評価され、最終的にサッカーではなく陸上の道を選択します。
世羅高校で全国高校駅伝優勝を経験
進学先に選んだのは、全国高校駅伝の強豪として知られる広島県立世羅高校です。
世羅高校は青山学院大学の原晋監督の出身校でもあり、大学と高校の間には陸上競技を通じたつながりがあります。
中村にとって大きな経験になったのが、高校2年生のときの全国高校駅伝です。
チームは見事に優勝を果たしました。
ただし、中村本人の心境は単純な喜びだけではありませんでした。
全国の強豪選手が好記録を出すなか、自分の走りに納得できず、チームが優勝したにもかかわらず悔しさを感じたといいます。
この経験が競技への姿勢を変えました。
それまで受け身だった練習への取り組み方を見直し、より高いレベルを目指して自分からトレーニングを積むようになったのです。
本人は当時の経験について、勝ったのに悔しいという感情を初めて味わったと振り返っています。
この高校時代の経験が、青山学院大学への進学を決める背景にもなりました。
単に駅伝の強い大学に進みたかっただけではなく、自分の実力をさらに高いレベルで試したいという気持ちが強くなっていったのです。
【中村海斗の競技記録】5000m・10000m・ハーフ・マラソンの自己ベスト
中村海斗の競技力を判断するうえで、注目したいのがトラック競技とロードレースの両方で記録を伸ばしている点です。
青山学院大学の公式部員紹介と学生長距離データベースに掲載されている記録を整理すると、次のようになります。
自己ベスト一覧
| 種目・大会 | 記録 | 時期・順位 |
|---|---|---|
| 5000m | 13分45秒61 | 2026年9月26日・自己ベスト |
| 10000m | 28分49秒40 | 2025年11月22日・自己ベスト |
| ハーフマラソン | 1時間02分08秒 | 2025年11月9日・自己ベスト |
| フルマラソン | 2時間12分04秒 | 2026年2月8日・7位 |
| 相模原クロスカントリー8km | 24分18秒 | 2026年3月14日・7位 |
5000mは2026年9月に自己ベストを更新
5000mの自己ベストは13分45秒61です。
2026年9月26日に開催された第20回絆記録挑戦会で記録しました。
同大会では6組6着という結果でしたが、自身の従来記録を更新。大学4年目に入っても競技力を伸ばしていることが分かります。
2026年の5000mでは、5月31日に13分59秒74を記録し、7月4日のホクレン・ディスタンスチャレンジでは14分29秒67をマーク。その後、9月に13分45秒61まで記録を縮めました。
単発の好記録ではなく、シーズンを通じて自己ベストを更新した点に注目です。
10000mは28分49秒40
10000mの自己ベストは28分49秒40。
2025年11月22日のMARCH対抗戦で記録しました。
長距離選手にとって10000mは、駅伝で求められる持久力やレースペースを考えるうえでも重要な種目です。
中村はこの種目で28分台に到達しており、5000mのスピードだけに頼らない競技力を持っています。
ハーフマラソンは1時間02分08秒
ハーフマラソンの自己ベストは1時間02分08秒です。
2025年11月9日の世田谷246ハーフマラソンで記録し、男子陸連登録者の部で5位に入りました。
2026年1月11日の東京ニューイヤーハーフマラソンでは1時間03分47秒で10位。
自己ベストの更新には至らなかったものの、ロードレースへの出場を続けています。
延岡西日本マラソンで初マラソン7位入賞
2026年2月8日、中村は第64回延岡西日本マラソンに出場しました。
これが本人にとって初めてのフルマラソンです。
結果は2時間12分04秒で7位。
初マラソンで2時間12分台という好記録を残し、学生ランナーとして存在感を示しました。
大会公式の成績表でも、青山学院大学所属の中村海斗が7位に入ったことが確認できます。
また、日刊スポーツの報道によると、中村はこのレースについて、長い距離で部内での存在価値を示したいという思いがあったと話しています。
相模原クロスカントリー大会でも7位
2026年3月14日には、神奈川県の相模原ギオンスタジアムで開催された相模原クロスカントリー大会に出場しました。
大学・一般男子の部は8km。
中村は24分18秒で7位に入りました。
注目されたのは、マラソンを走った後の競技復帰の過程で結果を残したことです。
日刊スポーツによると、当日は朝に13kmを走り込んでおり、疲労が残る状態での出場でした。
本人は「予想以上の走りだった」と振り返っています。
ロードでの持久力だけでなく、不整地でもスピードを発揮できることを示したレースでした。
【青山学院大学の主将就任】なぜ中村海斗が選ばれたのか
2026年の中村海斗を語るうえで、競技記録と並んで重要なのが青山学院大学駅伝チームの主将就任です。
日刊スポーツは2026年2月28日、中村が新主将に内定したことを報道しました。
その後、3月初旬のチーム全体ミーティングを経て正式に就任しています。
主将は自ら立候補して目指したポジション
2026年10月公開のRed Bullのインタビューでは、青学駅伝の主将は立候補制であることが紹介されています。
中村はもともと、積極的にリーダーを引き受けるタイプではありませんでした。
しかし、サッカーをしていた頃からチーム全体を観察する習慣があり、大学でも仲間と過ごすなかで、チームをより良くするために自分ができることを考えるようになったといいます。
その最初の行動が、3年生になるタイミングでの学年リーダーへの立候補でした。
そして4年生になる際、今度は駅伝チーム全体の主将に立候補します。
副主将の平松享祐との選考
主将選考では、中村だけでなく平松享祐も立候補していました。
4年生全員による投票や、候補者2人による話し合いなどを経て、最終的に中村が主将に決まりました。
決め手となったのは、チームを率いたいという思いの強さだったとRed Bullのインタビューで紹介されています。
平松はその後、副主将としてチームを支える立場になりました。
選考過程からも、単純な競技成績だけで主将が決まったわけではないことが分かります。
中村海斗が掲げる「家族になろう」
中村が主将として掲げたチームづくりのテーマの一つが「家族になろう」です。
これは、単に仲良くするという意味ではありません。
青山学院大学の駅伝チームには、箱根駅伝に出場する選手もいれば、メンバーに選ばれない選手もいます。
中村自身も大学3年間、学生三大駅伝に出走できなかった経験を持っています。
そのため、大会に出る選手と出られない選手との間に生まれる気持ちの差を理解しているのです。
Red Bullのインタビューでは、メンバーに選ばれなかった選手も含めて、チーム全員が同じ熱量で箱根駅伝に向かえる関係を目指していることが語られています。
これは、実戦経験の少ない主将だからこそ生まれたリーダーシップの形とも考えられます。
【2026年11月最新】中村海斗の現在と箱根駅伝への挑戦
2026年11月5日現在、中村は青山学院大学4年生の主将として、2027年1月の箱根駅伝を見据えています。
ただし、主将だからといって必ず駅伝に出走できるわけではありません。
ここは中村の経歴を理解するうえで、特に要点です。
大学3年間は学生三大駅伝に出走できなかった
中村は青山学院大学に2023年度に入学しました。
しかし、大学3年間を通じて、出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝の学生三大駅伝では出走経験がありません。
2026年1月の箱根駅伝では登録16人のメンバーに選ばれたものの、実際の出走はありませんでした。
それでも、2月の延岡西日本マラソンで初マラソン7位という結果を残し、長距離で自分の存在感を示しました。
2026年の出雲駅伝はメンバー外
2026年10月12日に開催された出雲駅伝では、中村はチームエントリーに入りませんでした。
日刊スポーツの9月19日付報道でも、青学大の主将である中村が選外となったことが伝えられています。
主将であっても、駅伝メンバーはその時点のチーム事情や競技状態を踏まえて選ばれます。
役職と出走資格は別物です。
全日本大学駅伝では補員登録
2026年11月1日の第58回全日本大学駅伝では、中村はチームエントリー16人の中に入りました。
しかし、確定した区間エントリーでは補員でした。
青山学院大学の公式大会予定にも、以下のように記載されています。
- チームエントリー:中村海斗(4年)
- 区間エントリー:補員
- 当日変更:なし
原晋監督は大会前日の会見で、補欠選手を現地に帯同させず、登録された8人で大会に臨む方針を説明していました。
そのため、中村の全日本大学駅伝への出走はありませんでした。
2027年箱根駅伝では9区を希望
中村は2026年2月28日の日刊スポーツの取材で、次の箱根駅伝では9区を希望し、区間新記録を目標に掲げていました。
一方、10月のRed Bullのインタビューでは、主将としての考え方にも変化が見られます。
本人は、自分が区間賞を取るほど活躍してもチームが負けるなら意味がなく、自分が出走できなくてもチームが勝つことが一番だという考えを語っています。
個人として箱根路を走りたい気持ちと、チームを勝たせる責任。
この2つを両立させようとしていることが、現在の中村の大きな特徴です。
青山学院大学の公式予定では、第103回箱根駅伝は2027年1月2日・3日に開催予定です。
中村にとって、大学生活最後の箱根駅伝となる大会です。実際に出走メンバーに選ばれるかどうかが、今後の大きな注目点になります。
【同姓同名に注意】ドラマーの中村海斗とは別人
「中村海斗」と検索すると、陸上選手とは別に、音楽関係の人物も見つかります。
特に混同しやすいのが、同じ名前で活動しているドラマーです。
両者は経歴も活動分野も異なります。
| 比較項目 | 青山学院大学の中村海斗 | ドラマーの中村海斗 |
|---|---|---|
| 活動分野 | 陸上競技・長距離走 | 音楽・ドラム |
| 生年 | 2004年 | 2001年 |
| 出身 | 広島県 | 米国ニューヨーク |
| 主な経歴 | 世羅高校・青山学院大学 | バークリー音楽大学で学ぶ |
| 主な実績 | 5000m13分45秒61など | 2022年にアルバム『Blaque Dawn』を発表 |
| 活動の中心 | 大学駅伝・陸上競技 | ジャズ・ライブ演奏など |
CDJournalに掲載されているドラマーの中村海斗は、2001年生まれでニューヨーク出身。幼少期からドラムを学び、渡米後はバークリー音楽大学で音楽を学んだ人物です。
一方、青山学院大学の中村海斗は2004年生まれの陸上選手で、広島県の世羅高校出身です。
検索時には、次のような情報で区別すると分かりやすくなります。
- 青山学院大学・世羅高校・箱根駅伝:陸上選手
- バークリー音楽大学・Blaque Dawn・ジャズ:ドラマー
同姓同名というだけで、両者に血縁関係や活動上のつながりがあると判断する根拠はありません。
【中村海斗の人物像と評判】泥臭さとチーム優先のリーダーシップ
中村海斗の人物像を知るうえで参考になるのが、2026年10月に公開されたRed Bullのインタビューです。
同インタビューでは、本人がこれまでの競技人生や主将としての考え方を率直に語っています。
目立つ実績よりも努力を重視するタイプ
中村は、青学大に入学してから練習量の多さに苦しみ、1年目には故障が続いたことを明かしています。
同期が記録を伸ばしていく一方、自分は十分に走れない。
その状況を乗り越えるため、原晋監督から個別の練習メニューを組んでもらい、約3か月間、長い距離を地道に走り続けました。
この経験は、現在の主将としての考え方にも影響しています。
本人が掲げるキーワードは、「泥臭く、粘り強く」。
派手なパフォーマンスだけでなく、日々の練習や努力する姿勢で仲間を引っ張ろうとしています。
サッカー経験から身につけたチームを見る視点
中村はサッカー経験者でもあります。
Red Bullのインタビューでは、サッカーをしていた頃からチーム全体の良い点や悪い点を観察する習慣があったと説明しています。
この視点が、陸上競技に転向してからも生きているようです。
駅伝は個人競技のように見えて、実際にはチーム全体の調整や選手同士の信頼関係が重要になります。
走力のある選手だけを集めれば勝てるわけではありません。
メンバーに選ばれた選手と選ばれなかった選手が同じ目標に向かえるかどうかも、主将の大切な役割です。
中村のリーダーシップは、自分の競技成績だけでなく、チーム全体の力を引き出す方向に向いています。
中村海斗を評価するときに注目したい3つのポイント
2026年時点の競技実績や報道から、中村を評価する際には次の3点が重要です。
1. 記録の伸び: 5000mで13分45秒61を記録し、大学4年目にも自己ベストを更新したこと。
2. 長距離への適性: 初マラソンで2時間12分04秒を記録し、7位に入ったこと。
3. チームへの貢献: 自ら主将に立候補し、出走メンバー以外も含めたチームづくりを重視していること。
一方、箱根駅伝での区間実績という観点では、これまで出走経験がないため、今後の評価につながる実戦経験が期待されます。
中村の強みは、すでに完成された駅伝スターというよりも、競技者として成長を続けながらチームの中心を担っている点にあります。
【中村海斗に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:中村海斗は青山学院大学の駅伝主将ですか?
A1:はい。2026年3月に青山学院大学陸上競技部の男子駅伝主将に正式就任しました。2026年度は4年生としてチームを率いています。
Q2:中村海斗の5000m・10000m・ハーフマラソンの自己ベストは?
A2:5000mは13分45秒61、10000mは28分49秒40、ハーフマラソンは1時間02分08秒です。5000mの自己ベストは2026年9月26日に更新されました。
Q3:中村海斗は箱根駅伝に出場したことがありますか?
A3:大学3年時の箱根駅伝では登録メンバーに選ばれましたが、実際の出走はありません。2026年11月時点では、2027年1月の第103回大会が次の大きな目標です。
Q4:中村海斗がサッカーから陸上に転向した理由は?
A4:中学1年生のとき、サッカークラブのコーチに体力づくりを勧められたことがきっかけです。中学3年時の陸上県大会で2位に入ったことなどから陸上の可能性を感じ、世羅高校への進学を決めました。
Q5:ドラマーの中村海斗と同一人物ですか?
A5:別人です。青山学院大学の中村海斗は2004年生まれの陸上選手。一方、ドラマーの中村海斗は2001年生まれで、バークリー音楽大学で学んだ音楽家です。
まとめ:中村海斗の現在と2027年箱根駅伝への期待
中村海斗は、サッカー少年から陸上選手へと転身し、世羅高校で全国高校駅伝優勝を経験した長距離ランナーです。
青山学院大学では入学後の故障や駅伝メンバー入りを逃す悔しさを経験しながらも、5000m13分45秒61、10000m28分49秒40、ハーフマラソン1時間02分08秒という記録を残してきました。
2026年2月の延岡西日本マラソンでは初マラソン7位入賞。3月には相模原クロスカントリー大会でも7位に入り、競技面での成長を示しました。
そして2026年度は、青山学院大学の男子駅伝主将に就任しています。
注目すべきなのは、主将自身が大学三大駅伝の出走経験に乏しいという点です。過去の実績だけではなく、努力する姿勢やチーム全体をまとめる力で信頼を築こうとしています。
2027年1月の箱根駅伝は、中村海斗にとって大学最後の大舞台です。
9区での出走希望を実現できるのか。そして、主将として青学大の箱根駅伝4連覇に貢献できるのか。
個人記録の更新だけでなく、チームをどのように勝利へ導くのかにも注目が集まります。