栗原玲児さんは、1933年生まれの元ニュースキャスターです。栗原はるみさんより14歳年上で、テレビ番組の司会者として活動していました。
特に知られているのが、テレビ朝日系の朝のワイドショー『木島則夫モーニングショー』です。
栗原玲児の経歴と代表的な活動
玲児さんが活躍したのは、テレビのワイドショーが日本の家庭に広がっていった時代でした。
1964年に始まった『木島則夫モーニングショー』でサブ司会者を務め、番組の草創期を支えました。
当時のワイドショーは、ニュースや社会問題、芸能情報などを家庭に届ける新しいメディアでした。ニュースキャスターとして活動していた玲児さんは、その先駆的な番組に関わった人物の一人です。
テレビ朝日の訃報報道でも、同番組での活動とキャスターとしての経歴が紹介されています。
栗原玲児のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 栗原玲児 |
| 生年 | 1933年 |
| 年齢 | 85歳(2019年没時) |
| 妻 | 栗原はるみ |
| 年齢差 | 14歳 |
| 職業 | 元ニュースキャスター |
| 代表的な出演番組 | 木島則夫モーニングショー |
| 結婚 | 1973年 |
| 死去 | 2019年8月3日 |
| 死因 | 肺がん |
なお、玲児さんの名前を調べると、元テレビキャスターという肩書きのほか、実業家としての活動にも触れられています。
ただし、一般に広く知られている代表的な経歴は、やはり『木島則夫モーニングショー』のサブ司会者としての仕事です。
【夫婦の馴れ初め】栗原はるみと玲児は21歳で出会い1973年に結婚

2人の出会いは、栗原はるみさんが21歳だった頃です。
朝日新聞のインタビューで、はるみさん自身が夫とは21歳のときに出会ったと振り返っています。
当時の玲児さんはテレビキャスターとして活動しており、はるみさんにとっては、自分とは異なる世界で仕事をする大人の男性でした。
また、玲児さんは料理が得意だったことでも知られています。
はるみさんが料理の道に進むきっかけを振り返ったインタビューでも、夫が料理上手だったことに触れています。
1973年に結婚、46年間の夫婦生活が始まる
2人は1973年に結婚しました。
はるみさんは1947年3月5日生まれなので、結婚したのは20代半ばの時期です。
結婚後は家庭を築き、2人の子供を育てながら生活を送りました。
玲児さんがテレビの仕事で活躍する一方、はるみさんは家庭を守り、料理を作ることを日々の中心にしていました。
後年のインタビューでは、夫と過ごした時間や、結婚当初の自分の暮らしについて率直に語っています。
特に印象的なのは、夫が亡くなった後に新婚時代の手紙を見つけたというエピソードです。
そこには、はるみさん自身が自分の人生について考えていくという趣旨の言葉が残されていました。
50年近い時間を経て、その手紙が料理家として歩んできた人生を振り返るきっかけになったそうです。
夫婦の関係を理解する3つのポイント
- 14歳年上の夫と21歳で出会い、1973年に結婚した。
- 夫は料理が得意で、家庭の食卓にも深く関わっていた。
- 妻の仕事を応援するだけでなく、自分の人生を持つことを勧めた。
2人の関係を理解するうえで重要なのは、玲児さんが単に有名料理家の夫だったわけではないという点です。
はるみさんが仕事を始める前から、人生の方向性に影響を与えた存在でした。
【経歴・年表】栗原玲児のキャリアから肺がんによる死去まで
玲児さんの人生を、仕事、結婚、病気という3つの視点から整理します。
| 年・時期 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1933年 | 誕生 | 静岡県生まれ |
| 1964年 | テレビ出演 | 『木島則夫モーニングショー』でサブ司会者を担当 |
| 1973年 | 結婚 | 栗原はるみさんと結婚 |
| 結婚後 | 家庭生活 | 2人の子供を育てる |
| 2018年 | 肺がんが判明 | はるみさんの後年の手記で明かされた |
| 2019年 | 余命宣告 | 死去のおよそ6か月前 |
| 2019年8月3日 | 死去 | 肺がんのため85歳で亡くなる |
| 2022年 | 夫への思いを公表 | 文藝春秋に夫との思い出を寄稿 |
| 2026年 | はるみさんが活動継続 | NHK『あさイチ』などに出演 |
この年表から分かるのは、玲児さんの人生には、テレビの仕事で活躍した時代、はるみさんと家庭を築いた時代、そして病気と向き合った晩年という大きな転換点があったことです。
とりわけ、2018年に肺がんが見つかってから亡くなるまでの期間については、妻であるはるみさん自身が後に文章で明らかにしています。
【死因を詳しく解説】栗原玲児は2019年8月3日に肺がんで死去
栗原玲児さんの死因は肺がんです。
2019年8月9日、テレビ朝日NEWSが訃報を報じました。
報道によると、玲児さんは以前から病気療養中で、2019年8月3日に肺がんのため亡くなりました。享年85歳でした。
この訃報は、妻の栗原はるみさんが代表を務める会社からの情報をもとに伝えられています。
肺がんが見つかったのは2018年
玲児さんの病気について、より詳しい経緯を明かしたのは、はるみさん本人です。
2022年に文藝春秋で発表した文章によると、夫の肺にがんが見つかったのは2018年でした。
そして亡くなる約6か月前に余命宣告を受けていたといいます。
病気が分かってから亡くなるまでの時間は、家族にとって非常に厳しいものだったことがうかがえます。
最後の日々を支えたのは妻のはるみさん
2019年12月放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』に出演した際、はるみさんは玲児さんを自宅で介護し、最期を見送った日々について語りました。
テレビ朝日POSTの記事でも、はるみさんが自宅で介護を続けたことが紹介されています。
料理家として忙しい日々を送りながら、夫の療養生活を支えていたのです。
夫が残した最後のメッセージ
特に胸を打つのが、玲児さんが手帳に残していた言葉です。
はるみ様への感謝と尊敬、そして愛を伝える言葉。
「君は常に努力の人です。いつも前を向き、決して手を抜かない。」
これは、はるみさんが2022年に発表した文章で紹介した、夫の手帳に残されていたメッセージです。
料理家としての妻を、長年そばで見続けてきた玲児さん。
その言葉には、妻の努力を認め、深く尊敬していた夫の気持ちが表れています。
46年間連れ添った夫を亡くした喪失感
はるみさんは、夫が亡くなった後の生活についても率直に明かしています。
長年一緒に食卓を囲んできた相手がいなくなり、料理を作ることさえ苦しくなった時期があったそうです。
特に、夫と一緒に食べた料理を思い出してしまうことがつらかったといいます。
46年間という長い結婚生活は、単なる年月の積み重ねではありませんでした。
毎日の食事、会話、仕事への意見、そして日常の小さな習慣まで、玲児さんははるみさんの人生に深く関わっていたのです。
【料理家になった理由】夫・玲児の言葉が栗原はるみの人生を変えた
栗原はるみさんが料理家になった理由を語るうえで、欠かせないのが夫・玲児さんの存在です。
結婚後のはるみさんは、長く専業主婦として家庭を支えていました。
料理が好きで、家族のために食事を作る生活を送っていましたが、当初から料理家として働くことを目指していたわけではありません。
そんなはるみさんに、玲児さんは自分の好きなことを見つけてほしいと伝えていました。
「僕の帰りを待っているだけの女性にならないで」
文藝春秋の2022年の寄稿で、はるみさんは夫から言われた言葉を振り返っています。
「僕の帰りを待っているだけの女性にならないで」
この言葉は、はるみさんにとって人生の大きな転機になりました。
夫が仕事から帰るのを待ち、食事を用意することに不満があったわけではありません。
しかし玲児さんは、妻にも自分自身の人生を楽しんでほしいと考えていたようです。
その後、はるみさんは料理の仕事に関わるようになり、専業主婦から料理家へと進んでいきました。
料理家としての第一歩は家庭料理だった
はるみさんの料理家としての出発点には、家庭で作っていた料理があります。
玲児さんが仕事関係者などを自宅に招くこともあり、その際にはるみさんが用意した料理が評判になっていました。
その後、雑誌『LEE』の料理ページを担当する機会が訪れます。
当時のはるみさんは2人の子供を育てる専業主婦でした。
家族や来客のために作っていた料理が、仕事として評価されるようになったのです。
玲児さんは最も厳しい料理の批評家だった
夫婦の関係で興味深いのは、玲児さんがはるみさんの料理を何でも褒めるタイプではなかったことです。
はるみさんの文章によると、考案したレシピの多くを夫に試食してもらい、世に出すかどうかを判断していました。
玲児さんは非常に厳しい批評家で、料理の味について率直に意見を伝えていたそうです。
はるみさんにとって、夫の評価はレシピを完成させるための大切な基準だったのです。
【プロの視点】夫婦の関係が料理家としての強みになった理由
栗原はるみさんの料理の特徴は、特別な技術を必要とする料理だけではなく、家庭で再現できる料理を大切にしている点です。
この姿勢の背景には、家族のために料理を作ってきた経験があります。
加えて、玲児さんという身近で厳しい試食者がいたことも、料理の完成度を高める環境になっていました。
単に応援するだけの夫ではなく、味を評価し、必要なら改善を求める存在だったことが重要です。
夫婦で同じ仕事をしていたわけではありません。しかし、料理を作る人と食べて評価する人という関係が、結果的に仕事の質を高めていたのです。
【子供と2026年現在】栗原友・栗原心平も料理の道へ
栗原はるみさんと玲児さんの間には、長女・栗原友さんと長男・栗原心平さんの2人の子供がいます。
2人とも料理や食に関わる分野で活動しており、栗原家は親子で料理の仕事に携わる一家として知られています。
長女・栗原友は料理家で食の分野の経営者
栗原友さんは2005年から料理家として活動しています。
ファッション関係の仕事を経験した後、料理の世界に入りました。
築地の水産会社で働いた経験もあり、魚の扱いや食材に関する知識を生かして活動しています。
現在は株式会社クリトモの代表として、料理の仕事やメニュー開発などにも取り組んでいます。
講談社のプロフィールでも、父が栗原玲児さん、母が栗原はるみさんであることが紹介されています。
長男・栗原心平は料理家としてテレビでも活躍
栗原心平さんは、栗原はるみさんの長男です。
料理家として活動するほか、株式会社ゆとりの空間の代表取締役社長も務めています。
料理番組や雑誌などへの出演、レシピの提案、料理本の出版など幅広く活動しています。
公式プロフィールでは、幼い頃から料理が得意だったことや、家庭料理、おつまみなどを中心としたレシピを発信していることが紹介されています。
栗原家の家族関係まとめ
| 人物 | はるみさんとの関係 | 主な活動 |
|---|---|---|
| 栗原玲児 | 夫 | 元テレビキャスター・2019年死去 |
| 栗原友 | 長女 | 料理家・食関連事業 |
| 栗原心平 | 長男 | 料理家・会社経営 |
| 栗原はるみ | 本人 | 料理家・著述家 |
親子3人がそれぞれ異なる方向から食の世界に携わっていることも、栗原家の特徴です。
栗原はるみは2026年現在も料理家として活動中
夫を亡くした後も、はるみさんは料理家として活動を続けています。
2026年10月29日には、NHK総合の情報番組『あさイチ』の料理コーナー「みんな!ゴハンだよ」に出演しました。
紹介した料理は、「ハーブ香る!チキンのトマト煮」です。
出演情報は、栗原はるみさんの公式ブランド「ゆとりの空間」からも2026年10月22日に告知されていました。
また、2023年の朝日新聞インタビューでは、料理家としての活動に加え、一人暮らしになってからの食生活についても語っています。
夫と一緒に食べるために作っていた料理から、自分自身のための料理へ。
その変化も、現在のはるみさんの料理活動における大切なテーマになっています。
玲児さんが亡くなってから7年以上が経過した2026年現在も、はるみさんは自分の仕事を続けています。
【プロの結論】栗原玲児が栗原はるみに残したものとは?
栗原玲児さんについて調べると、元テレビキャスター、栗原はるみさんの夫、2019年に肺がんで亡くなった人物という情報が中心に出てきます。
しかし、夫婦の歩みを振り返ると、玲児さんの存在はそれだけでは説明できません。
特に注目したいのは、次の3つです。
1.妻の自立を後押ししたこと
専業主婦だったはるみさんに、自分の好きなことを見つけてほしいと伝えたことが、料理家としての出発点につながりました。
2.料理に対して妥協しなかったこと
夫は妻の料理を厳しく評価する存在でした。身近な人からの率直な意見が、レシピの完成度を高める役割を果たしていたのです。
3.亡くなった後も仕事への姿勢を支えていること
玲児さんが残した手帳の言葉は、はるみさんにとって今も大切なものです。夫の言葉を思い出しながら、自分の人生を歩み続けています。
栗原玲児さんの人生を知ることは、栗原はるみさんがなぜ料理家になり、どのように自分の仕事を築いてきたのかを理解することにもつながります。
【栗原はるみの旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:栗原はるみの旦那は誰ですか?
A1:元テレビキャスターの栗原玲児さんです。テレビ朝日系『木島則夫モーニングショー』でサブ司会者を務め、1973年に栗原はるみさんと結婚しました。
Q2:栗原玲児の死因は何ですか?
A2:肺がんです。2019年8月3日に85歳で亡くなりました。2018年に肺にがんが見つかっていたことを、妻のはるみさんが後年の寄稿で明かしています。
Q3:栗原はるみと夫の出会いはいつですか?
A3:はるみさんが21歳のときです。2人は1973年に結婚しました。玲児さんは料理が得意で、はるみさんの料理家としての人生にも大きな影響を与えました。
Q4:栗原はるみが料理家になった理由は何ですか?
A4:夫の「僕の帰りを待っているだけの女性にならないで」という言葉が大きなきっかけです。専業主婦として家庭料理を作っていた経験を生かし、雑誌の料理ページを担当したことなどから仕事の幅を広げていきました。
Q5:栗原はるみの子供は何人ですか?
A5:2人です。長女は料理家の栗原友さん、長男は料理家の栗原心平さんです。2人とも食や料理の分野で活動しています。
Q6:栗原はるみは2026年現在も活動していますか?
A6:はい。料理家として活動を続けています。2026年10月29日にはNHK『あさイチ』の「みんな!ゴハンだよ」に出演し、チキンのトマト煮を紹介しました。
まとめ:栗原玲児との46年間が栗原はるみの人生に残したもの
栗原はるみさんの旦那は、元テレビキャスターの栗原玲児さんです。
2人は1973年に結婚し、46年間にわたって夫婦として人生を歩みました。
玲児さんは2019年8月3日、肺がんのため85歳で亡くなりました。
しかし、はるみさんが料理家として活躍するまでの道のりには、夫の存在が深く関わっています。
専業主婦だった妻に自分の人生を見つけるよう勧め、料理に対しては厳しい意見を伝え、最後までその努力を認めていた玲児さん。
その関係は、単なる有名人夫婦という言葉では語りきれません。
2026年現在も料理家として活動を続ける栗原はるみさん。夫との思い出を大切にしながら、新しい料理や暮らしの提案を発信する姿には、長年積み重ねてきた夫婦の時間が息づいています。
栗原玲児さんが残したものは、写真や思い出だけではありません。妻が自分の人生を切り開くきっかけとなった言葉と、料理に向き合う姿勢もまた、今に受け継がれているのです。