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【是川奨学財団の現在】「誠と愛」に込められた社会貢献への思い

新城 灯里 新城 灯里 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
目次

是川銀蔵の人生を語るうえで、投資実績と同じくらい重要なのが、児童福祉や教育支援への取り組みです。

彼は株式投資で得た利益を自分の贅沢のためだけに使うのではなく、恵まれない子どもたちの教育機会を広げることにも関心を寄せていました。

その思いを形にしたのが、現在の公益財団法人是川奨学財団です。

1979年に設立された是川福祉基金

是川は1978年ごろから養護施設の子どもたちへの寄付を始め、1979年12月には在阪実業家数名とともに是川福祉基金を設立しました。

現在の是川奨学財団につながる組織です。

設立当初の目的は、児童養護施設に入所する子どもや、交通事故などで親を失った遺児が高校・大学へ進学できるよう、学費の一部を支援することでした。

その後、1980年度から高校進学希望者への奨学金給付を開始。1982年度には大学進学希望者にも対象を広げ、1984年度からは対象地域を近畿2府4県へ拡大しました。

2012年4月には公益財団法人へと組織変更しています。

是川銀蔵の座右の銘「誠と愛」


誠と愛

是川銀蔵

是川銀蔵の座右の銘
人に誠を尽くし、愛情を持って生きていくという人生観を表す言葉です。

是川奨学財団の公式サイトには、本人が自らの人生の理想として「誠と愛」を掲げたことが紹介されています。

加えて、本人の自伝『相場師一代』のあとがきから、次の趣旨の言葉が引用されています。

株で儲けた金は、世の中の恵まれない子供達のために使いたい。

この考え方は、彼が投資を単なる金銭的な成功として捉えていなかったことを示しています。

株式市場で勝負する一方、その利益を社会に還元したいという思いも持っていたのです。

是川奨学財団は2026年現在も活動している?

2026年11月時点

公益財団法人是川奨学財団は、現在も公式サイトで奨学金制度や事業報告、決算資料などを公開しています。

現在の主な事業目的は、経済的な事情によって進学・修学が困難な児童養護施設等の入所児童や、里親委託児童への奨学金給付です。

なお、交通災害遺児等を対象とした従来の進学助成制度については、新規受付が休止されています。

つまり、是川の名前は、投資の歴史だけでなく、教育支援を行う公益活動にも受け継がれているのです。

【2026年最新評価】是川銀蔵の投資人生から現代人が学べること

2026年現在、是川銀蔵はすでに亡くなっています。しかし、その投資哲学や波乱に満ちた人生は、株式投資の歴史を考えるうえで重要な題材です。

特に、2026年10月23日には文藝春秋PLUSが、元丸荘証券副社長の吉岡武夫氏による是川の回想記事を再掲載しました。

1998年12月号に掲載された記事を通じて、実際に取引した関係者の視点から、是川の調査力や市場に対する姿勢が改めて紹介されています。

現代の投資家が評価すべき3つの能力

1. 経済を読む力

是川の最大の強みは、企業の株価だけでなく、その企業を取り巻く産業環境まで研究したことです。

住友金属鉱山株では、金鉱脈の発見をきっかけに、資源開発の将来性を分析しました。

現在の株式市場でも、企業の決算だけでなく、原材料価格、国際情勢、政策、需要の変化を理解することは重要です。

2. 独学を継続する力

高等小学校卒業後、大学などで経済学を専門的に学ぶ機会がなかった是川は、図書館での独学を通じて知識を身につけました。

学歴や肩書きではなく、自分で情報を集めて考えることを重視した点は、現在にも通用する姿勢です。

3. 自分の判断で行動する決断力

市場の大勢に流されず、独自の分析をもとに大きな投資を実行したことも特徴です。

ただし、同和鉱業株のように、判断が遅れたことで大きな利益を逃した経験もあります。

決断力だけでは十分ではなく、撤退や利益確定の判断も同じくらい重要です。

現代の投資家がそのまま真似してはいけない部分

是川の投資手法には、現代の個人投資家が安易に模倣すべきではない側面もあります。

- 少数銘柄への巨額集中投資
- 信用取引を利用した大規模なポジション構築
- 商品市況や市場の思惑に大きく左右される取引
- 想定した売却価格を引き上げてしまう行動

特に同和鉱業株の取引は、分析が正しくても利益確定を誤れば損失につながることを示しています。

現代の投資家が取り入れるべきなのは、資金を大量に投入する方法ではなく、企業分析、経済環境の理解、投資判断の根拠を持つ姿勢です。

是川銀蔵の本当の価値は、200億円を稼いだことだけではなく、成功と失敗の両方を自分の投資哲学として残したことにあります。

【是川銀蔵に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:是川銀蔵は現在も生きていますか?

A1:いいえ。是川銀蔵は1992年9月12日に亡くなっています。享年95歳です。2026年現在は、本人の自伝や公益財団法人是川奨学財団を通じて、その功績が伝えられています。

Q2:是川銀蔵の資産は本当に200億円だったのですか?

A2:約200億円という数字は、住友金属鉱山株の取引による利益として伝えられているものです。個人の純資産や死去時の財産総額ではありません。本人は1991年の自伝で、財産が残っていないという趣旨の記述をしています。

Q3:是川銀蔵の投資哲学5ヶ条とは何ですか?

A3:自分で銘柄を研究すること、2年後の経済を予測すること、値上がり株を深追いしないこと、企業業績を重視すること、不測の事態に備えることです。いずれも独学と実際の成功・失敗から導き出された考え方です。

まとめ:是川銀蔵が残した本当の遺産とは

是川銀蔵は1897年に兵庫県赤穂市で生まれ、事業の成功と倒産、戦争、株式市場での巨額取引を経験し、95歳でその生涯を閉じました。

日本セメント株で約30億円、住友金属鉱山株で約200億円という巨額利益を上げ、1983年に発表された1982年分の高額所得者番付では全国1位に輝きました。

しかし、彼の人生は成功だけではありません。

同和鉱業株での利益確定の失敗、晩年の財産に関する問題、そして自伝で明かした厳しい投資観も忘れてはならない事実です。

一方、1979年に設立した是川福祉基金は、現在の公益財団法人是川奨学財団へと受け継がれています。

「誠と愛」という言葉に象徴されるように、彼にとって財産を築くことだけが人生の目的ではありませんでした。

2026年に是川銀蔵を再評価するなら、見るべきなのは200億円という数字だけではありません。

- 経済を自分で研究し、未来を予測する姿勢
- 成功におごらず、失敗から学ぶ必要性
- 投資で得た利益を社会に還元するという価値観

この3つこそ、時代を超えて読み継ぐ価値のある是川銀蔵の遺産です。

「最後の相場師」という異名の裏側には、誰よりも勉強し、誰よりも大きな失敗を経験しながら、自分の信念を貫いた一人の実業家の人生がありました。

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