映画『となりのトトロ』の舞台のモデルの一つとして知られ、東京都と埼玉県にまたがる広大な自然を残す狭山丘陵。その象徴ともいえる保全地が、所沢市に位置する「トトロの森1号地」です。近年は身近な自然環境やエコツーリズムへの関心が高まり、都市近郊に残された里山景観の価値が改めて見直されています。
リゾート開発の危機から雑木林を守るため、市民一人ひとりの寄付と熱意によって買い取られたこの場所は、日本のナショナルトラスト運動における歴史的な転換点となりました。本稿では、トトロの森1号地が誕生した経緯から、公益財団法人トトロのふるさと基金による保全活動の歩み、現地を訪れる際のアクセスや散策ルート、訪れる前に知っておくべき注意点まで、詳細なデータと取材背景をもとにわかりやすく解説します。
【歴史と原点】トトロの森1号地が誕生した開発危機とナショナルトラストの仕組み

首都圏のベッドタウンとして急速な開発が進んだ昭和後期から平成初期にかけて、狭山丘陵周辺でも大規模な宅地造成やリゾート開発の波が押し寄せていました。武蔵野の原風景を残す貴重な里山が次々と削り取られていくなかで、地元住民や自然保護団体を中心に「残された雑木林を後世に残そう」という切実な声が上がったことが、保全運動の直接の契機です。
この危機を打開するために導入されたのが、英国発祥の「ナショナルトラスト運動」でした。ナショナルトラストとは、市民や企業から広く寄付金を募り、保護すべき自然環境や歴史的建造物などの土地・建物を買い取り、永続的に管理・保全していく市民主導の仕組みです。
行政による公有地化だけではカバーしきれない民有地の乱開発を防ぐため、1990年4月に「トトロのふるさと基金委員会」が発足しました。市民一人ひとりが少額から参加できる寄付キャンペーンが全国的に展開され、集まった基金をもとに1991年8月、最初の保全地として買い取られた約1,192平方メートルの山林地が「トトロの森1号地」と名付けられました。
【宮崎駿監督の賛同】『となりのトトロ』の名称とシンボルマークに込められた想い
市民運動が全国的な広がりを見せる決定打となったのは、アニメーション映画『となりのトトロ』の監督である宮崎駿氏の深い理解と協力でした。所沢市近郊にゆかりの深い宮崎監督は、作品の構想段階において狭山丘陵の風景から多くのインスピレーションを得ていた背景があります。
自然保護運動の趣旨に強く共鳴した宮崎監督とスタジオジブリは、「トトロ」という作品名およびキャラクターの名称を保全活動のシンボルとして冠することを快諾しました。加えて、基金のために描き下ろされたオリジナルのトトロのイラストがシンボルマークとして提供されたことで、活動の認知度は一気に全国区へと拡大しました。
単なるキャラクタータイアップにとどまらず、作品が描いた「人と自然が調和して暮らす日本の原風景を守る」という理念が基金の理念と完全に一致したことが、現在まで続く持続的な支援体制の礎となっています。
【活動の軌跡】トトロのふるさと基金の歩みと保全地拡大のデータ
1号地の取得を皮切りにスタートしたトトロのふるさと基金のトラスト事業は、その後も地道な寄付集めと土地の買い取りを積み重ねてきました。狭山丘陵一帯に点在する山林地や湿地を計画的に取得することで、分断されかけた生態系ネットワークの保全が進められています。
市民の寄付金がどのように土地の保全へと結びついてきたのか、運動の主要な節目と保全の歩みを以下の対照表にまとめました。
| 年次 / 時期 | 出来事・主なマイルストーン | 保全活動の意義・現状のステータス |
|---|---|---|
| 1990年4月 | 「トトロのふるさと基金委員会」発足 | 狭山丘陵の開発阻止に向け、市民主導の募金運動が本格スタート。 |
| 1991年8月 | 「トトロの森1号地」の土地取得が完了 | 埼玉県所沢市上山口の雑木林(約1,192㎡)を買い取り、ナショナルトラスト第1号が誕生。 |
| 1998年4月 | 「財団法人トトロのふるさと財団」認可 | 埼玉県および環境庁(当時)の許可を受け、安定的運営を行う法人格を取得。 |
| 2011年4月 | 「公益財団法人トトロのふるさと基金」へ移行 | 公益法人制度改革に伴い公益財団法人へ移行。税制上の優遇措置が適用される寄付窓口が確立。 |
| 現在 | 保有地数が60カ所以上へ拡大 | 狭山丘陵北麓を中心に、雑木林・谷津田・湿地などの多様な里山環境を継続して管理・保全。 |
買い取られた土地は放置されるのではなく、ボランティアや専門家の手によって定期的な下草刈りや萌芽更新、間伐などの里山管理が行われています。かつて薪炭林や農用林として人間と自然が適度に関わり合ってきた武蔵野の生態系が、現代の手入れによって健全な状態で維持されています。
【見どころと生態系】トトロの森1号地の現在と豊かな雑木林の景観
トトロの森1号地の最大の魅力は、過度な観光整備が施されていない「ありのままの武蔵野の雑木林」が息づいている点にあります。クヌギやコナラを中心とした落葉広葉樹が林立し、四季折々に表情を変える自然環境が保たれています。
春には林床に自生する野草が一斉に芽吹き、新緑の柔らかな木漏れ日が差し込みます。夏にはカブトムシやクワガタなどの昆虫類、樹冠を飛び交う野鳥のさえずりが響き渡り、秋には一面が美しい紅葉とドングリの絨毯で覆われます。冬には葉を落とした木々の間から丘陵特有の地形がくっきりと浮かび上がり、凛とした静寂に包まれます。
1号地の入口には、トトロの森であることを静かに告げる木製の案内看板が設置されており、訪れる人々にここが市民の手で守られた土地であることを伝えています。商業的なアトラクションや遊具は一切置かれておらず、風の音や鳥の声に耳を澄ませる純粋な自然観察の場として愛され続けています。
【アクセスと散策ルート】トトロの森1号地の場所とハイキング攻略法
トトロの森1号地の所在地は、埼玉県所沢市上山口の丘陵斜面です。訪問を計画するにあたって最も重要なのは、現地の交通事情と周辺施設の位置関係を事前に把握しておくことです。
トトロの森1号地には専用の駐車場が一切ありません。周辺の道路は道幅が非常に狭く、地域住民の生活道路となっているため、路上駐車や無断駐車は厳禁です。訪問の際は必ず公共交通機関を利用してください。
最寄り駅からの基本的なアクセス手順と推奨散策ルートは以下の通りです。
公共交通機関でのアクセス:
西武狭山線「西武球場前駅」下車。駅前広場から南西方向へ向かい、案内標識や自然歩道に沿って徒歩約15〜20分で1号地周辺に到着します。道中は坂道や未舗装の山道が含まれるため、歩きやすいスニーカーやトレッキングシューズの着用が適しています。
拠点となる施設「クロスケの家」との連携ルート:
散策のスタート地点またはゴール地点としておすすめなのが、公益財団法人トトロのふるさと基金が管理する古民家拠点「クロスケの家」(所沢市三ケ島)です。国の登録有形文化財にも登録されている伝統的な古民家で、活動の展示パネルやオリジナルグッズの販売、里山保全の最新情報が発信されています(※開館日や開館時間は曜日によって限定されているため事前確認が必要です)。
公式が発行する「トトロの森 散策マップ」を入手し、1号地から周辺に点在する他のトラスト地や八国山緑地、狭山湖周辺へと歩みを進めることで、狭山丘陵の重層的な自然と歴史を五感で体感するハイキングが楽しめます。
【プロの結論】エコツーリズムとしての価値と訪問者が守るべきマナー
トトロの森1号地を訪れる際に何よりも心に留めておくべきなのは、この場所が「テーマパーク」ではなく「保護されている生態系そのもの」であるという事実です。
ナショナルトラスト運動の本質は、土地を私有財産から公共の自然遺産へと転換し、未来の世代へ引き継ぐことにあります。したがって、現地の植物や昆虫の採取、持ち込みゴミの放置、決められた歩道以外への立ち入りは厳に慎まなければなりません。
トトロの森は、自然の静けさを愛し、保全の背景に思いを馳せながら静かに歩く人にこそ深い充足感を与えてくれます。現地を歩き、その豊かな雑木林の空気を肌で感じることは、身近な自然環境をどう守り、都市と自然がどう共生していくべきかを考える貴重な学びの機会となるはずです。
【トトロの森1号地】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:トトロの森1号地に入園料や見学料金はかかりますか?
A1:入園料などは一切かかりません。保全地域内の散策路は自由に歩くことができますが、自然環境の保護および近隣住民への配慮として、夜間の立ち入りは避け、日中の明るい時間帯に静かに散策してください。
Q2:車で行くことはできますか?近くにコインパーキングはありますか?
A2:トトロの森1号地には専用駐車場はありません。周辺道路も狭小であるため車両の進入は推奨されません。西武球場前駅周辺などの有料コインパーキングを利用するか、電車と徒歩でアクセスするのが公式からも推奨されている基本ルールです。
Q3:トトロのふるさと基金に寄付をするにはどうすればよいですか?
A3:公益財団法人トトロのふるさと基金の公式サイトや拠点施設「クロスケの家」を通じて、1口単位からの寄付や会員(サポーター)登録が可能です。集まった寄付金は、新たな保全地の取得費用や、雑木林の手入れ・維持管理費用として大切に活用されています。
まとめ:市民が守り継いだ緑の遺産を未来へ
トトロの森1号地は、一握りの開発反対運動にとどまらず、「自らの手で森を買い取って守る」という市民の自発的な行動から生まれた希望の象徴です。宮崎駿監督をはじめとする多くの人々の想いが重なり、誕生から三十余年を経た現在も、その緑は失われることなく瑞々しい息吹を保ち続けています。
武蔵野の雑木林が持つ本来の美しさを肌で感じ、市民参加型保全の原点に触れる旅へ、歩きやすい靴と地図を携えて出かけてみてはいかがでしょうか。