既存の病院や介護施設で陰圧室を整備する場合、必ずしも建物全体の空調設備を改修する必要はありません。既存の個室に簡易陰圧装置を設置し、排気経路を整えることで、室内を陰圧に管理する方法もあります。
ただし、簡易陰圧装置と本格的な陰圧病室は同じものではありません。求められる感染対策の水準、使用期間、患者の感染症、施設の指定要件に応じて選択する必要があります。
簡易陰圧装置の仕組みと種類
簡易陰圧装置は、既存の部屋から空気を排出し、室内の気圧を周囲より低くするための設備です。病室の窓や壁面に排気ファンを設置する方式や、専用の陰圧ユニットを使う方式などがあります。
代表的な設備構成は次のとおりです。
- 排気ファン方式:室内の空気をファンで排出して陰圧をつくる。窓や壁面の施工条件が重要。
- HEPAフィルター付き排気方式:排気を高性能フィルターで処理してから排出する。
- 可搬型陰圧装置:既存の個室に設置して使用する。施設の構造に応じてダクトなどを追加する。
- 簡易組立式陰圧室:仮設の隔離スペースを構成する方式。設置場所や運用目的に応じて性能確認が必要。
2024年の病院換気ガイドライン案でも、既存病室の陰圧化について、窓への排気ファン設置や専用陰圧装置の利用が取り上げられています。
陰圧室の設置費用は何で決まる?
陰圧室の導入費用には、全国共通の固定価格があるわけではありません。既存施設の空調設備、部屋の気密性、排気ダクトの距離、必要な換気量、室圧監視装置の有無などによって大きく変わります。
見積もりでは、装置本体だけでなく、次の費用を分けて確認することが大切です。
- 陰圧装置・排気ファンの購入費
- HEPAフィルターや前処理フィルターの費用
- 排気ダクト・屋外排気口の設置工事費
- 電気配線・電源設備の工事費
- ドアや窓の気密性を改善する改修費
- 差圧計・警報装置などの監視設備費
- 試運転・風量測定・気流確認などの調整費
- 定期点検・フィルター交換・電気代などの維持管理費
特に注意したいのは、装置本体が安くても、排気ダクトの新設や気密改修が必要になると工事費が増えることです。既存空調との干渉や、排気口から建物の給気口・窓への再流入を防ぐための配置検討も必要になります。
したがって、導入時には本体価格だけで比較せず、設計・施工・性能確認・維持管理を含めた総費用で評価するのが適切です。
2026年度の陰圧室補助金はある?
2026年度も、医療機関の感染症対応力を強化するための施設・設備整備費補助制度が設けられています。
具体例として、神奈川県が2026年3月11日に公開し、同年10月13日に更新した「協定締結医療機関施設・設備整備費補助金」があります。
同制度では、医療措置協定を締結する医療機関などを対象に、病室の感染対策工事や簡易陰圧装置の導入を支援しています。
主な補助基準は次のとおりです。
- 病室の感染対策整備:1室当たり3,810万9,000円を補助基準単価とし、補助率は3分の2。
- 簡易陰圧装置:1病床当たり432万円を補助基準単価とし、補助率は10分の10。
- 陰圧対応可能なHEPAフィルター付き空気清浄機:1施設当たり90万5,000円を補助基準単価とし、補助率は10分の10。
ここで重要なのは、補助基準単価と実際の販売価格・工事費は別物だという点です。補助基準額が432万円だからといって、装置の市場価格が432万円という意味ではありません。また、対象施設や対象事業によって補助の条件も異なります。
2026年度の補助金を利用する際の注意点
神奈川県の制度では、簡易陰圧装置の購入費は、病床確保に係る協定を締結する第一種協定指定医療機関が対象です。一方、HEPAフィルター付き空気清浄機は、発熱外来に係る協定を締結する第二種協定指定医療機関向けの対象設備として整理されています。
つまり、すべての医療機関や介護施設が同じ条件で補助を受けられるわけではありません。
また、神奈川県の2026年度事業計画書の提出期限は2026年3月25日で、すでに終了しています。県の公表スケジュールでは、同年11月以降に交付決定・事業着手、2027年1月末までに事業完了という流れが示されています。
補助金を利用する場合、交付決定前に契約・発注・着工しないことも重要です。事前着手が認められない制度では、先に装置を購入してから申請しても対象にならない可能性があります。
2026年度の制度を検討する施設は、厚生労働省の交付要綱と所在地の都道府県の募集要項を確認し、翌年度の募集時期や事業計画の提出方法も早めに把握しておく必要があります。
【点検方法】スモークテスト・差圧測定で陰圧を維持する

陰圧室は、設置した時点で感染対策が完成する設備ではありません。使用中に陰圧が維持されているか、空気が正しい方向に流れているかを継続的に確認する必要があります。
その代表的な確認方法が、スモークテストです。
スモークテストとは?
スモークテストとは、専用のスモークテスターなどで発生させた試験用の煙を使い、空気の流れる方向を目で確認する方法です。
陰圧室では、扉を閉めた状態で、ドアの隙間などから煙が室内へ引き込まれることを確認します。煙が廊下側へ流れ出ている場合は、陰圧が維持されていない可能性があります。
この検査は、差圧計による数値測定とは役割が異なります。
- 差圧測定:室内と廊下の圧力差を数値で確認する。
- スモークテスト:実際の空気の流れる方向を視覚的に確認する。
- ペーパーテスト:薄い紙などを使って、隙間を通過する空気の方向を確認する。
- 風量測定:給気・排気の風量を測定し、換気性能を確認する。
差圧計に正常値が表示されていても、ドアの開閉や設備の不具合によって気流が乱れることがあります。数値と実際の気流を両方確認することが大切です。
点検はどのくらいの頻度で行う?
厚生労働科学研究費補助金による院内感染対策マニュアルの手引きでは、陰圧室について、差圧検知装置の有無にかかわらず、扉を閉めた状態でスモークテストまたはペーパーテストなどの視覚的モニタリングを毎日実施することが示されています。
加えて、2024年の病院換気ガイドライン案では、スモークテスターや風速計、風量計などを利用した気流・風量の確認が取り上げられています。
実際の点検項目は、施設の設備仕様と感染管理マニュアルに合わせて定めます。
- 毎日の使用前・使用中:差圧表示、警報の有無、スモークテストによる気流方向の確認。
- 定期点検:給気・排気風量、換気回数、フィルターの汚れや目詰まりの確認。
- 設備交換・修理後:差圧、排気能力、気流方向を再確認する。
- 異常発生時:使用を継続できるか感染管理部門と施設管理部門が判断し、必要な修理を行う。
陰圧室の点検で見落としやすいポイント
陰圧室の性能低下は、必ずしも装置の故障だけで起こるわけではありません。
例えば、ドアのパッキンが劣化すると、設計時に想定した空気の流れが変化することがあります。フィルターの目詰まりによって排気風量が低下する場合もあります。
また、患者や職員の出入りで扉が長時間開放されたり、窓が開いたりすると、圧力差を維持できなくなる可能性があります。
点検時には、次の項目をまとめて確認することが効果的です。
- 差圧計の数値と警報装置の作動状況
- ドアの閉鎖状態と気密性
- 給気口・排気口の障害物や汚れ
- HEPAフィルターの交換時期と目詰まり
- 排気ダクトの損傷や接続部の漏れ
- 空調設備の運転状況と換気回数
- スモークテストの実施記録
特にフィルター交換後や設備修理後には、交換しただけで作業を終えず、必要な性能が回復したかを測定が必要です。
【プロの結論】陰圧室の導入で失敗しない判断基準
陰圧室の導入で最も重要なのは、設備の価格や見た目ではなく、実際に必要な感染対策性能を維持できるかどうかです。
医療機関が結核・麻疹・水痘などの空気感染患者を継続的に受け入れる場合は、専用の空気感染隔離室を整備し、換気量、室圧、排気経路、フィルター、日常点検を一体的に管理する方法が適しています。
一方、介護施設や診療所で、感染疑いのある利用者・患者に対応するための一時的な隔離環境を整えたい場合は、簡易陰圧装置が選択肢になります。ただし、装置の性能だけでなく、既存の居室が陰圧を維持できる構造か、排気を安全に処理できるかを専門家に確認してもらう必要があります。
次のような施設では、特に慎重な検討が必要です。
- 排気を屋外へ安全に導く経路を確保できない施設
- ドアや窓の気密性が低く、圧力差を維持できない施設
- フィルター交換や設備点検を継続する担当者がいない施設
- 必要な換気性能を測定・記録できない施設
- 防護具の着脱や患者動線など、設備以外の感染対策が整っていない施設
導入前には、感染管理担当者、施設管理者、空調設備の設計・施工担当者が連携し、必要性能を明確にしたうえで複数の見積もりを比較することが望まれます。
【陰圧室とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:陰圧室の換気回数は必ず12回/h必要ですか?
A1:空気感染隔離室では12回/h以上が重要な設計・運用目安として示されています。ただし、厚生労働省の第一種病室に関する告示は、十分な換気能力と陰圧制御を求めるものであり、すべての陰圧室に一律12回/hを法定義務として定めているわけではありません。施設の用途や適用基準を確認してください。
Q2:陰圧室には必ず前室が必要ですか?
A2:第一種感染症指定医療機関の第一種病室では、前室の設置が基準に含まれています。一方、一般的な空気感染隔離室では、用途や設計基準によって異なります。前室がない場合も、扉の管理、気流の確認、防護具の着脱場所などを適切に整える必要があります。
Q3:HEPAフィルター付き空気清浄機だけで陰圧室をつくれますか?
A3:通常の空気清浄機だけでは陰圧室にはなりません。HEPAフィルターは空気中の粒子を捕集する装置であり、それだけで室内の気圧を廊下より低くする機能があるとは限らないためです。陰圧対応機能を持つ装置と適切な給排気設計、気流の性能確認が必要です。
まとめ:陰圧室は設備性能と日常管理の両方で評価する
陰圧室とは、室内の気圧を周囲より低く保ち、感染性のある空気が室外へ広がるリスクを抑えるための感染対策設備です。結核、麻疹、水痘などの空気感染対策に欠かせない役割を果たします。
設計では、気圧差、換気回数12回/hを目安とした換気性能、HEPAフィルター、排気経路、前室の構造などを総合的に検討します。また、厚生労働省の第一種病室の基準と、一般的な陰圧隔離室の設計指針は適用範囲が異なります。
2026年度は、医療措置協定を締結する医療機関を対象とした施設・設備整備費補助制度も確認できます。ただし、補助額や対象施設、申請期間は地域と制度によって異なるため、所在地の自治体への確認が欠かせません。
そして、最も見落としてはならないのが設置後の管理です。毎日のスモークテスト、差圧測定、換気量の確認、フィルター交換を継続しなければ、設計時の性能を維持できません。
陰圧室の価値は、装置を設置したことではなく、必要なときに必要な気流と圧力差を確実に維持できることにあります。 初期費用だけでなく、維持管理体制まで含めて導入を判断することが、感染対策の実効性を高めるポイントです。
参照した公的資料・専門資料
- 厚生労働省「感染症指定医療機関の基準」(平成11年厚生省告示第43号)
- 厚生労働科学研究「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き」
- 『環境感染誌』2024年「病院のCOVID-19集団感染を踏まえた換気ガイドライン案」
- 米国CDC「Guidelines for Environmental Infection Control in Health-Care Facilities」
- 神奈川県「令和8年度 協定締結医療機関施設・設備整備費補助金」
以上の公的基準・専門資料を記事の根拠としています。