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【不便益とは?】不便だからこそ得られる価値と仕組みを解説

保坂 匠 保坂 匠 • 更新: • 公開: • 読了約 28 分
目次

不便益は、単に不便な状態を肯定する考え方ではありません。重要なのは、手間や制約があることで、人間の能力や感情にどのようなプラスの変化が生まれるのかという点です。

不便と益は、必ずしも反対の関係ではない

一般的には、便利なものほど役に立ち、不便なものほど価値が低いと考えられがちです。しかし、不便益の考え方では「便利か不便か」と「益があるか害があるか」を別々の軸で捉えます。

川上浩司氏が紹介している考え方を整理すると、物事は次の4つに分類できます。

  • 不便益:手間がかかるからこそ、達成感や発見、主体性が生まれる。
  • 便利益:自動化や効率化によって、時間や労力を節約できる。
  • 不便害:余計な待ち時間や複雑な手続きなど、負担だけが増える。
  • 便利害:便利になった結果、人が本来持っていた能力や機会を失う。

この分類で重要なのは、便利であることと、利用者にとって本当に価値があることは同じではないという認識です。

例えば、登山を考えてみましょう。山頂まで一瞬で移動できる乗り物があれば、移動時間は短縮できます。しかし、歩きながら景色を楽しむことや、自分の足で登り切った達成感は失われます。

移動の効率だけを考えれば便利ですが、登山という体験全体から見れば、必ずしも利益になるとは限りません。

川上氏は、便利と不便、益と害を独立した軸で考えることによって、こうした従来の評価では見落とされてきた価値を捉えようとしています。

不便益が生まれる基本的な仕組み

不便益が発生する仕組みには、次のような流れがあります。

  1. 制約が生まれる:機能や選択肢が限定され、すべてを自動化できない。
  2. 自分で考える:利用者が状況を判断し、方法を工夫する必要が生じる。
  3. 行動が増える:手を動かしたり、試行錯誤したりする。
  4. 新しい発見が生まれる:予想外の結果や、自分に合った方法に気づく。
  5. 心理的な価値につながる:達成感、愛着、自信、主体性などが生まれる。

ここで見落としてはいけないのが、人間の存在です。

同じ不便でも、ある人には楽しく、別の人には苦痛になることがあります。したがって、不便益は機械の性能だけで決まるものではなく、利用者の経験や目的、感じ方を含めて考える必要があります。

京都大学の研究活動を経て、現在は京都先端科学大学でシステムデザインを研究する川上氏も、人間を含めたシステムとして不便益を捉える重要性を説明しています。

【川上浩司氏と京都大学】不便益研究の歩みとシステムデザイン

不便益とは


システムデザイン・システム工学

京都大学工学部出身。人工知能や設計工学の研究を背景に、不便を積極的に活用するシステムの設計方法を研究してきた人物です。


不便益を理解するうえで欠かせないのが、川上浩司氏の研究経歴です。

川上氏は、単に「不便な生活にも良さがある」と主張しているわけではありません。工学の立場から、人間の行動や心理に働きかける仕組みを設計することを目指しています。

研究の出発点は人工知能と京都大学への復帰

川上氏は1987年に京都大学工学部を卒業し、1989年に同大学院工学研究科修士課程を修了しました。その後、岡山大学工学部の助手を務め、1993年には京都大学で博士(工学)の学位を取得しています。

もともとの研究テーマは人工知能でした。機械が自動的に設計や創造的な作業を行う仕組みを考えていた川上氏は、1998年に京都大学へ戻ります。

そこで恩師の片井修氏が提起していた不便益という考え方に出会いました。当初は内容を十分に理解できなかったものの、人間の創造性や行動を工学的に捉える研究として可能性を見いだしていきます。

この経緯は、2024年3月の朝日新聞GLOBE+のインタビューでも紹介されています。

川上浩司氏の経歴と研究の転換点

主な経歴と不便益研究の展開を整理すると、次のようになります。

時期 経歴・研究活動 意味・関連事項 1987年 京都大学工学部卒業 工学分野での研究の出発点 1989年 京都大学大学院修士課程修了、岡山大学助手 人工知能などを研究 1993年 京都大学博士(工学)取得 工学研究者として専門性を確立 1998年 京都大学へ復帰 不便益研究に取り組むきっかけ 2009~2013年 科研費基盤研究B「不便の効用を活用したシステム論の展開」 研究の体系化 2014年 京都大学デザイン学ユニット特定教授 システムデザインへの展開 2019年 京都先端科学大学教授に就任 研究活動の新たな展開 2024年 「気付けばしあわせ不便の益」を発表 不便益の考え方を改めて紹介 2026年 京都先端科学大学工学部教授 システムデザイン・不便益研究を継続

出典:近代科学社の著者紹介、不便益システム研究所、京都先端科学大学教員紹介、朝日新聞GLOBE+、J-STAGE掲載論文。

不便益システムデザインとは何か

川上氏が取り組む不便益システムデザインは、利用者の手間をすべて取り除くことを目指す従来型の設計とは異なります。

例えば、従来の家電製品の設計では、ボタンの数を減らす、操作を自動化する、設定を簡単にするといった工夫が重視されてきました。

一方、不便益システムでは、利用者が自分で考えたり、操作したりする余地を残します。その行動が発見や楽しさ、理解につながるのであれば、手間を残すことにも設計上の意味があるからです。

京都先端科学大学の公式教員紹介でも、川上氏の研究内容は、効率化や自動化だけを追求せず、人の手間に意義があるシステムのデザイン方法論を構築することだと説明されています。

【不便益の具体例7選】身近な道具から教育・福祉まで

不便益は、特別な研究設備の中だけに存在するものではありません。日常生活の道具、製造現場、教育、福祉、観光など、さまざまな場所で確認できます。

1.素数ものさし:計算するから数学的な発想が生まれる


素数ものさし

不便益を象徴する道具

目盛りが2、3、5、7、11などの素数の位置にしかありません。


一般的な定規なら、6cmや8cmといった長さを簡単に測れます。しかし、素数ものさしでは、こうした長さを測るために目盛り同士の差を計算しなければなりません。

例えば、2cmと7cmの位置を使えば、5cmを測れます。単純に目盛りを読むだけではなく、どの組み合わせを使えば目的の長さになるのかを考える必要があります。

この道具が面白いのは、不便さが数学的な思考を促すことです。使う人は道具の仕組みを理解し、試行錯誤しながら目的を達成します。

京都大学構内の生協では、2013年から京大グッズの一つとして販売されていたことが、輸送経済新聞社の2018年の取材記事で紹介されています。

2.セル生産方式:自分で完成させるから達成感が生まれる

セル生産方式は、不便益を説明するときに頻繁に取り上げられる製造現場の事例です。

従来のライン生産方式では、作業者ごとに担当工程が分かれています。一人が担当する作業は限定され、製品の完成までの工程は複数の担当者に分担されます。

これに対し、セル生産方式では、一人または少人数のチームが複数の工程を担当し、製品を完成させます。

幅広い作業を覚える必要があるため、単純な作業効率では不利になる場合があります。しかし、自分の手で製品を完成させることで、達成感や製品への愛着が生まれます。

川上氏が紹介した事例では、作業者のモチベーションと技能が互いに高め合う関係が確認されています。これは、単なる作業時間の短縮では評価できない不便益の代表例です。

3.手動式電子レンジ:自分で設定するから発見がある

電子レンジの自動温め機能は、ボタンを押すだけで加熱を完了できる便利な仕組みです。

一方、出力や時間を自分で設定する場合は、食品の量や温度、好みに応じて調整しなければなりません。

川上氏が朝日新聞GLOBE+のインタビューで紹介したのは、この手動設定に伴う発見の可能性です。自分で条件を変えてみることで、予想外においしい仕上がりを見つけることがあります。

自動機能は安定した結果を得るのに向いていますが、自分なりの最適な方法を探す楽しさは、手動操作の方に残されています。

4.マニュアル車:操作すること自体が楽しみになる

マニュアル車は、運転者がクラッチやギアを操作して走行する自動車です。

オートマチック車と比較すると、運転者が覚える操作が多く、運転中にも判断を求められます。

しかし、ギアを適切に切り替え、車と一体になって走る感覚を楽しむ人もいます。運転そのものが趣味である人にとっては、操作の手間が楽しさにつながるのです。

川上氏も、単なる燃費や走行性能ではなく、操作感を楽しむという心理的な価値に注目しています。

5.バリアアリー型の介護施設:自分で動く機会を残す

福祉の領域では、あえて適度な段差や階段などを設ける「バリアアリー」という考え方が、不便益の事例として紹介されています。

山口県を本拠地とするデイサービスセンター「夢のみずうみ村」は、その代表例です。

利用者が何もせずにサービスを受けるだけではなく、自分で移動し、食事を選び、行動する機会を残すことで、身体を使うことや自分で決めることを促します。

ここでの価値は、単に施設を不便にすることではありません。利用者が自分の力を発揮できる環境をつくることです。

ただし、段差を設ければ無条件に健康によいという意味ではありません。個人の身体能力や安全性に合わせた設計が不可欠です。

6.たどった道が消えるカーナビ:自分で道を覚える

一般的なカーナビは、目的地までのルートを表示し、利用者が道順を覚えなくても移動できるように設計されています。

これに対し、川上氏の不便益の発想から生まれた事例として、たどった道が消えるカーナビが知られています。

道順をすべて画面に残しておくのではなく、利用者自身が周囲の状況を確認し、進んできた道や現在地を意識することを促す仕組みです。

道案内に任せきりにしないことで、地理への理解や自分で判断する機会を生み出そうとしています。

目的地に最短時間で到着することだけが移動の価値ではないという視点が、この事例には表れています。

7.行きにくい観光地:アクセスの手間が特別感を生む

観光や旅行でも、不便益の考え方は活用できます。

例えば、京都・嵐山の渓谷に位置する星のや京都は、渡し船でアクセスする宿として知られています。

駅から簡単に到着できる宿と比べれば、移動には手間がかかります。しかし、そのアクセスの難しさが、日常から離れた特別感や秘境のような体験につながります。

旅行者にとっては、目的地に到着するまでの過程も旅行の楽しみの一部です。便利な移動手段だけでは作りにくい体験価値を、不便さが生み出している例といえます。

【不便益のメリット・デメリット】便利さとの違いを徹底比較

不便益を正しく理解するためには、メリットだけでなくデメリットも把握する必要があります。

大切なのは、便利なものと不便なもののどちらが優れているかを決めることではありません。利用者が何を得たいのかによって、適切な選択が変わるという点です。

不便益の主なメリット5つ

1.主体性が育つ

自動化された仕組みに頼りきらず、自分で判断する機会が増えます。自分で方法を選び、結果に責任を持つ経験は、主体的な行動につながります。

2.創造性や工夫する力が高まる

制約がある環境では、決められた方法だけでは目的を達成できない場合があります。そこで別の方法を考えたり、新しい組み合わせを試したりすることが創造性を刺激します。

3.達成感や自己肯定感につながる

自分の力で問題を解決したり、何かを完成させたりすると、結果だけでなく過程にも満足感が生まれます。

4.対象への理解や愛着が深まる

自分で手を動かして作ったものは、完成までの過程を知っているからこそ特別な存在になります。道具の仕組みを理解し、使いこなす楽しさも得られます。

5.人とのコミュニケーションが生まれる

一人では簡単に解決できない課題に取り組むと、周囲に相談したり、知識を共有したりする機会が増えます。協力する過程そのものに価値が生まれる場合もあります。

これらは、川上氏の著書『不便益――手間をかけるシステムのデザイン』でも扱われている、創造力、注意力、思いやりなどの価値と関係しています。

不便益のデメリットと注意点

不便益には、当然ながら注意すべき点もあります。

  • 時間がかかる:自動化された方法よりも作業時間が長くなることがある。
  • 利用者を選ぶ:身体能力や知識、経験によっては大きな負担になる。
  • 失敗の可能性がある:自分で判断する場面が増えるため、操作ミスや判断ミスが起こり得る。
  • 成果が見えにくい:達成感や愛着といった価値は、時間や費用だけでは評価しにくい。
  • 設計を間違えると不便害になる:手間を増やしただけで、何の利益も生まれない可能性がある。

特に注意したいのは、不便であれば何でも価値があるという誤解です。

例えば、病院の予約手続きを複雑にしたり、高齢者が使う設備の操作を難しくしたりしても、そこから利用者にとって意味のある利益が生まれるとは限りません。

むしろ、必要な医療やサービスを受けにくくするだけなら、不便益ではなく不便害です。

便利と不便益はどちらを選ぶべきか

両者の違いを整理すると、次のようになります。

- 便利さを優先したい場面:安全確保、緊急対応、単純作業、時間制約のある業務。
- 不便益を活用したい場面:学習、創作、趣味、技能習得、体験型サービス。
- 両方を組み合わせたい場面:家事、仕事、介護、移動、日常的なデジタルサービス。

例えば、家事では洗濯機や食器洗い機を使って時間を節約しながら、料理の味付けや盛り付けは自分で工夫するという方法があります。

すべてを手作業に戻す必要はありません。自動化によって生まれた時間を、自分で取り組みたい活動に振り向けることも、不便益の発想を取り入れた暮らし方です。

手間と無駄はどう違うのか

ここは不便益を理解するうえで、特に要点です。

手間とは、何かを実現するために必要な作業や工夫です。一方、無駄とは、目的に対して意味のある成果を生み出さない負担を指します。

例えば、料理で野菜を切る作業には手間がかかります。しかし、食材の状態を確認したり、好みの大きさに調整したりする楽しみがあります。

それに対して、同じ情報を何度も入力させるだけの事務手続きには、利用者が得られる価値がほとんどありません。

川上氏は輸送経済新聞社のインタビューでも、手間と無駄は同じではないという考え方を説明しています。物流における荷受けの待機時間など、何の価値も生み出さない時間は不便益とは区別されます。

【不便益の教育への活用とQOL向上】学びや暮らしはどう変わる?

不便益の考え方が注目される理由の一つは、教育や福祉など、効率だけでは成果を測れない分野にも応用できることです。

教育では「すぐに答えを与えない」ことが価値になる

教育において、不便益は学習者が自分で考え、試行錯誤する機会を設けるという形で活用できます。

例えば、数学の問題を解く際、教師がすぐに公式や解答を教えるのではなく、まず自分で解き方を考えさせる方法です。

最初は時間がかかります。しかし、問題の条件を読み取り、仮説を立て、間違いを修正する過程で、単なる暗記とは異なる理解が生まれます。

また、調べ学習でも、検索結果をそのまま写すのではなく、複数の情報を比較し、自分なりの答えを組み立てることに意味があります。

こうした学び方は、主体性や情報を読み解く力を育てるうえで、不便益の発想と親和性があります。

中学1年生の国語教科書にも登場

不便益は、大学の工学研究だけにとどまっていません。

京都先端科学大学附属中学校高等学校が2025年6月30日に公開した講演会の報告では、川上氏の不便益に関する考え方が、光村図書の中学1年生向け国語教科書に掲載されていることが紹介されています。

これは、不便益が工学の専門用語という枠を越え、一般の中学生にも考えてもらう価値のあるテーマとして扱われていることを示す事例です。

学校教育では、便利さと不便さの違いを考えることから、技術との付き合い方や自分で考えることの意味を学ぶきっかけにもなります。

QOL向上に不便益が関係する理由

QOLとは「Quality of Life」の略で、日本語では生活の質と訳されます。

生活の質は、単純に時間や労力を節約できれば高まるというものではありません。自分らしく生活できること、何かに挑戦できること、人と関わること、自分で選択できることなども重要です。

不便益の視点を取り入れると、次のような変化が期待できます。

  • 自分で選択する機会が増える。
  • 日常の行動に楽しさや目的意識が生まれる。
  • できることが増え、自信につながる。
  • 他者との交流や協力が生まれる。
  • 自分の好みや価値観に合った暮らしを実現しやすくなる。

川上氏は「不便にしてQOLを向上させる」というテーマでも研究成果を発表しています。京都大学の研究者として発表した論文では、不便でなければ得られない益という視点から、生活の質とシステムデザインの関係を論じています。

ただし、不便益を取り入れればQOLが必ず向上するという意味ではありません。本人の希望や生活環境に合っていることが前提です。

生成AIや自動化が進む時代に考えたいこと

2026年は、生成AIをはじめとする技術によって、文章作成、情報整理、翻訳、画像制作など、以前は人間が時間をかけていた作業を効率化できる環境が広がっています。

こうした技術の進歩と不便益は、必ずしも対立するものではありません。

例えば、生成AIに文章の構成案を作ってもらいながら、最終的な表現や論理展開は自分で考える方法があります。AIにすべてを任せるのではなく、自分が考える部分を意識的に残すわけです。

また、計算ソフトを利用しながら、計算の仕組みを理解するために手計算にも取り組むことができます。

大切なのは、便利な技術を使うか使わないかではなく、技術に任せる部分と、自分で取り組む価値がある部分を区別することです。

京都先端科学大学の公式教員紹介でも、川上氏の現在の関心として、人が新しい物事を発想することや、クリエイティブな人材を育てることが挙げられています。

【不便益の誤解と真相】懐古主義や我慢とは何が違う?

不便益は、言葉の印象から誤解されることがあります。特に多いのが「昔の生活に戻ろうという主張」「不便を我慢すれば幸せになれるという考え方」という理解です。

しかし、研究の本質はそのどちらでもありません。

誤解1:不便益は昔の暮らしを理想化する考え方

真相:昔に戻ることではなく、新しい価値を設計する考え方です。

昔の生活には、現在の技術では解消できる不便が数多くありました。水を運ぶ、洗濯に時間をかける、遠くまで歩いて移動するなどの作業を、無理に復活させる必要はありません。

重要なのは、昔の生活を懐かしむことではなく、手間があることで何が得られるのかを分析し、その価値を新しい製品やサービスに生かすことです。

川上氏の2020年の解説でも、ノスタルジーだけを理由に不便益と判断することは適切ではないと説明されています。

誤解2:不便なほど価値が高い

真相:不便にしただけでは不便益になりません。

操作が複雑で、時間がかかり、使いにくいだけのサービスは、利用者にとって負担になります。

例えば、オンラインで簡単にできる行政手続きを、わざと複雑にしても、そこに新しい発見や達成感が生まれるとは限りません。

不便を設計に取り入れるなら、その不便によって利用者が何を得られるのかを説明できる必要があります。

誤解3:便利な技術を否定している

真相:便利さと不便益の共存を目指しています。

不便益の考え方は、AIや自動化、デジタル技術を否定するものではありません。

例えば、日常的な単純作業は自動化し、創作や学習など自分で考えることに意味がある活動には、あえて人間が関わる余地を残すことができます。

近代科学社が刊行する『不便益――手間をかけるシステムのデザイン』でも、ITやAIなどの技術と不便を組み合わせ、新しいモノやサービスを生み出す方向性が紹介されています。

誤解4:不便益は個人の気持ちの問題にすぎない

真相:利用者の心理を含めたシステムデザインの研究です。

確かに、不便を楽しめるかどうかには個人差があります。しかし、不便益研究は単なる精神論ではありません。

どのような制約を設ければ利用者の行動が変わるのか、どのような仕組みなら自分で考える機会が生まれるのかといった、設計上の問題を扱っています。

一方、2021年には北陸先端科学技術大学院大学の西本一志氏が、従来の不便益の定義や設計指針に残る誤解や誤用の問題を検討する論文を発表しています。

不便益は、単に不便を肯定する標語ではなく、どの不便にどのような価値があるのかを慎重に検討する必要がある研究領域です。

不便益を取り入れるべき人・おすすめできないケース

不便益は、次のような目的を持つ人や場面と相性がよい考え方です。

取り入れる価値がある人・場面

  • 自分で考える力や創造性を伸ばしたい人
  • 趣味やものづくりの過程を楽しみたい人
  • 子どもの主体的な学習を促したい教育関係者
  • 仕事で達成感や技能向上につながる仕組みを考えている人
  • サービスや商品の体験価値を高めたい事業者

無理に不便を取り入れるべきではないケース

  • 命や健康、安全に関わる場面
  • 高齢者や障害のある人に過度な負担がかかる場合
  • 時間や人手の不足によって重大な問題が発生する業務
  • 利用者が望んでいないのに手間を強制するサービス
  • 不便にする目的や得られる利益を説明できない場合

判断の基準はシンプルです。その不便によって、利用者にとって意味のある価値が増えるのか。 この問いに答えられるかどうかが、不便益と単なる不便を分けるポイントになります。

【不便益とは】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:不便益とは簡単にいうと何ですか?
A1:不便だからこそ得られる価値のことです。例えば、自分で料理を作ることで得られる達成感や、手間をかけて学ぶことで身につく理解力などが挙げられます。

Q2:不便益を提唱・研究している川上浩司氏とは誰ですか?
A2:川上浩司氏は、京都大学工学部出身の工学研究者で、現在は京都先端科学大学工学部教授です。システムデザインやシステム工学を専門とし、不便の効用を生かした製品やサービスの設計方法を研究しています。不便益の考え方に出会い、工学的な研究として発展させてきた人物です。

Q3:不便益と便利の違いは何ですか?
A3:便利さは主に時間や労力を減らすことを目指します。一方、不便益は、あえて手間や制約を残すことで主体性、達成感、創造性などを生み出すことを目指します。どちらが優れているかは、目的によって異なります。

Q4:不便益の代表的な具体例は何ですか?
A4:素数ものさし、セル生産方式、手動式電子レンジ、マニュアル車、バリアアリー型の介護施設などです。いずれも、手間や制約があることで考える機会や達成感、主体性などが生まれる事例です。

Q5:不便益は教育にも活用できますか?
A5:活用できます。例えば、教師がすぐに答えを教えるのではなく、生徒自身に解決方法を考えさせる学習です。試行錯誤する時間を設けることで、主体性や創造性、問題解決能力を育てることにつながります。

Q6:不便益を取り入れるとQOLは向上しますか?
A6:自分で選択する機会や達成感、他者との交流などが増えれば、生活の質の向上につながる可能性があります。ただし、すべての不便がQOLを高めるわけではありません。安全性や本人の希望、身体的な負担を考慮する必要があります。

Q7:不便益は単なる我慢や節約とどう違いますか?
A7:我慢や節約は、負担を受け入れること自体が目的になる場合があります。不便益は、その手間や制約によって新しい価値が生まれることを重視します。利益のない負担は不便益とは呼べません。

まとめ:不便益は便利さの先にある新しい価値を考える視点

不便益とは、不便だからこそ得られる価値を見いだし、それを製品やサービス、教育、暮らしの設計に生かす考え方です。

川上浩司氏が京都大学での研究活動を通じて発展させてきたこの視点は、セル生産方式や素数ものさし、カーナビ、福祉施設など、さまざまな事例に表れています。

その根底にあるのは、便利さと人間の豊かさは必ずしも一致しないという問題意識です。

時間を短縮すること、作業を自動化すること、手間をなくすことは、暮らしを支える重要な技術です。しかし、その過程で自分で考える機会や、何かを成し遂げる喜びまで失ってしまえば、本来得られたはずの価値も小さくなります。

一方、不便を増やせばよいわけでもありません。安全性や健康を損なう不便、意味のない待ち時間や複雑な手続きは、解消すべき課題です。

これからの社会で求められるのは、便利か不便かという二者択一ではなく、どの作業を技術に任せ、どの体験を人間自身に残すのかを考えることです。

生成AIや自動化が進む2026年だからこそ、不便益は人間の創造性や主体性、生活の質を見つめ直すための重要な視点になります。便利さを手に入れながら、あえて残したい手間を選ぶ。その発想が、これからの豊かな暮らしや新しいシステムデザインにつながっていきます。

参考にした主な資料・研究

  • 川上浩司『不便益――手間をかけるシステムのデザイン』近代科学社
  • 川上浩司「不便益~不便を活かすという発想~」日本情報経済社会推進協会関連掲載資料
  • 朝日新聞GLOBE+「便利すぎる社会の弊害とは何か『不便益』を研究する京都先端科学大の教授と考えた」(2024年3月)
  • 川上浩司「気付けばしあわせ不便の益」(2024年、システム制御情報学会誌)
  • 西本一志「不便益の定義と不便益システムのデザイン指針に関する一考察」(2021年、ヒューマンインタフェース学会論文誌)
  • 京都先端科学大学・川上浩司教授の公式教員紹介

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保坂 匠

連続ドラマと朝ドラの編成・キャスト情報を追うデスク。NHK・民放の公式発表、番組公式サイト、プレスリリースを一次情報として確認し、未発表の情報は記事にしていません。

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